ライラ「アイスクリームはスキですか」
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20:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:13:15.18 ID:FQVp12gN0

   * * * * *


「やっぱりここよね」
「はいです」
「実際、ここからの流れが難しいですもんね。テンポが早くなるところ中心に、また重点的にやっていきましょうね」
「はい、ありがとうございますです」
 後日、レッスン終わり。相川千夏とトレーナーとともに、ライラは休憩室で先日のライブのシーンを映像で振り返っていた。終わったものは仕方ないとして、振り返りは大事だ。ミスを見返すのは少し辛いけど、それも必要なこと。
「似た構成の曲も練習でやってみましょうか。切り替えのところとか、参考になるかもしれませんし」
「いいわね」
 二人の会話に頷きつつも、言葉を挟まないライラ。様子に気づき、千夏が声を掛ける。
「……悔しい?」
「あ、えっと……、はいです」
 先日のことを少し掘り下げる。ライラは首肯しつつも、言葉を継いだ。
「でも……悔しいといいますか、申し訳ないといいますか、という感じでございまして」
 千夏にはその気持ちが少なからず理解できた。けれどその気持ちを乗り越えるには、結果を伴うしか術がないのも事実なのだ。
「ふふ。意思が見えてきたのはいいことね」
 意思。千夏はそう表現した。先日のミス以降、より厳密に言えばミスを注意されて以降、ライラは自戒の念とともに、自分にできることをきちんとやり遂げたいという思いが強くなっていた。以前よりも、また。

「そういえば。ライラは故郷のこと、その後に何か進展はあるのかしら」
 千夏が耳元でそっと囁いた。
「いえ、まだでございます」
 そう返すライラではあったものの、決して俯き加減でなかったことに千夏は少し、光明を見ていた。
「そう。じゃあ、そうね、先へのイメージはどう?」
「あー、そうですね……」
 以前から話が出ていた、好きなこと、やっていきたいことの件。ライラなりに考えているところはある。とはいえ、まだ言葉にはしづらいままだ。
「ごめんなさいです、それももう少し、考えてさせて頂けますか」
「ああいえ、急かすつもりじゃないのよ」
 こちらこそごめんなさい、と千夏がフォローを入れる。でもね、と言葉を添えながら。
「焦らず考えればいいと思うの。でも思うことに向き合って、見つけていかないといけないのも事実だって私は思うの。なぜならそこにこそ、真価はあるんだから」
「シンカ、でございますか」
「ええ。あなたの本当の魅力につながるところ。そのきっかけはそんなに気取ったものでなくても構わない。個人的な欲でも願望でもいいの」
 でもそれが己を前に進めるから。そう千夏はまとめた。ライラは彼女の言葉をゆっくりと咀嚼し、そして視線を合わせる。
「……将来は、まだわかりませんです。でもわたくしはまず、きちんと目の前のことをこなせるようになりたいです。それが責任を果たすということだと思いますので」
「うんうん」
「責任を果たすのは、おそらく、きっと、生きる意味の一つにもなるのでは、と」
 だから、と。
「素敵な考え方だと思うわ」
 千夏が受け止める。そうあれかし、などと返しつつ、ライラの頭を撫でた。
「でもね、これは注意だけど。必死になることと盲目になることは別なのよ」
「モウモク、ですか」
「そう。目の前のことに集中することは大切。だけど、そのために視野を狭めてしまうのは勿体ないわ」
 あなたはたくさん見て、たくさん感じてきたでしょう。そしてこれからもっともっと学び知っていくハズ。その感覚を失わないでね。そして、楽しんでね。
「この世は皆、おしなべて理不尽。それを愛せることが生きる秘訣、よ」
 また知らない単語が出てきたと思い、反芻するライラ。いいのよ今のは雰囲気で、と遮る千夏。彼女はたまにこういうことをする。二人で笑い合った。
 事務所でもひときわ聡明な女性と目されることの多い相川千夏。その所以は博識さよりも、こうした察しの良さに基づくところなのかもしれない。そして、決して答えを焦らないところも。
「千夏さんの言うとおりです。焦りすぎないで。そして、常にいろんな可能性を意識していきましょうね」
 資料を整頓していた青木トレーナーが戻ってきて、言葉を挟んだ。正解はないけれど、だからこそ、と。
「人にはそれぞれ役割があるし、きっとそれぞれに責任もあります。でもそこにこだわりすぎないこと」
 それでこそ、あるいは希望も、そこに見出せるかもしれませんから。
 いつもにも増して真剣な、彼女らしいメッセージのようだった。それは生真面目なライラの姿あってこそ紡がれた言葉ではあったのだけれど。らしくない、と少し恥ずかしそうにしつつもきちんと話しきるあたり、青木明の性格がよく現れていた。
 
「それともう一つ」
 千夏が思い出したようにつぶやいた。
「好きはたくさんあっていいし、いろんな好きがあっていいってことを忘れないで」
 印象的なフレーズだった。今度はわかる単語だったものの、いまいちピンとこないライラ。
「えっと、それはどういう……」
「いずれわかるわ」
 きっとここからもう一段階レベルアップするには、あなたの意思が示されることが必要なのよ。これからのことも含め、ね。
 そう言って千夏は笑みを見せた。



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