【ミリマス】木下ひなたが外泊する話
1- 20
6:飢餓感 5/8[sage]
2020/10/30(金) 18:14:10.57 ID:w3nnd9V30
 さっきまでジュリアの作業机だったテーブルが、今はどこからどう見ても立派な食卓になっていた。クッションにお尻を預けた二人の目の前では、ミルフィーユ鍋がくつくつと煮えて食べ頃になっている。その脇には、湯気をほかほかと立てている肉じゃがが、小分けの器に盛られている。当然のものとしてご飯も並べられている。鍋が足りずに味噌汁を用意できなかったことだけが、ひなたの心残りだった。

「ああ……こんな、こんな美味そうなものが、あたしの家に……! 感激だぜ……!」
「お腹ぺこぺこだぁ。さ、食べよう食べよう」

 示し合わせたわけでもないのに「いただきます」と手を合わせたのは二人で全く同時だった。取り分けた白菜は、出汁と豚肉の旨味をたっぷりと吸い込んでいて、空腹のままだった肉体と、家の中で誰かと囲む食事の場に餓えていたひなたの心に温かくじいんと染み渡った。「自宅で摂る食事がロクなもんじゃない」と語ったジュリアは、美味い、美味いと声を震わせながら何度もつぶやいていた。肉じゃがに入れた白滝のプチプチした食感が心地よく、肉の張り付いたニンジンも、一人で食べた時よりもずいぶん甘味が強いようにひなたには感じられた。

 アパートの一室が、料理から立ち上る湯気と、出汁の香りで満たされていく。プライベートの生活空間の中に、言葉を交わし合える相手がいる状況は、自然とひなたに実家での生活を思い起こさせていた。しかしながら、その内心で膨らんでいたのは郷愁の想いではなく、家族と別れた時の寂しさでもなく、すぐ傍に人がいる安心感であった。

「ジュリアさん、出身は福岡だっけか? 福岡から遠く離れて暮らしてて、寂しくなったりはしないのかい?」
「いや、そう感じたことは無いな。地元の友達に会いたくなるときはあるけど、こっちに来てからはやりたいこととか刺激のあることだらけで、そういう気分になるヒマが無いっていうのかな」
「そっかぁ……家族に会えなくて寂しがってたあたしとは、大違いだねぇ」

 鍋の具をよそった器のスープをぐるぐるかき混ぜるひなたを見て、ジュリアが一瞬、箸を止めた。

「あたしは大人に反抗的だったから……中学の頃は特に。ヒナみたいに家族と仲良くなかったからかもしれないな」
「ごめん、変なこと聞いちゃったべさ」
「おいおい、謝るなよ。あたしは追いかけたい夢があったからあのプロデューサーの誘いに乗ったんだ。実家が嫌で飛び出してきたわけじゃないよ」

 鍋の中身が最後の一切れになり、どちらが引き取るか、視線でやりとりがなされ、ひなたの器にささやかな追加が入った。

「あっという間になくなっちまったな。いやー、美味かった」
「満足するのはまだ早いよぉ。残ったスープにご飯と卵入れて、雑炊にするべさ」
「雑炊! なんてこった、最高だな……!」

 ヒーターのスイッチを入れ直し、白米と卵が投入される。落ち着きを取り戻していたスープの表面が、たちまち波立ち始めた。

「ヒナは……あったかい家庭で育ったんだろうな」
「うん、そうだねぇ。じいちゃんもばあちゃんも優しくてな、いつも甘えてたんだわ」

 コクのあるスープを飲み込みながら、ひなたは実家の軒先を回想していた。穏やかな日差しの中でにっこりと微笑む祖母の姿を思い浮かべた瞬間、何かがこみあげそうになって、奥歯を強く噛み締めた。

「ちょっと、そういうの、羨ましいかもな」
「でも、あたしの所みたいなお家で育ってたら、今のカッコいいジュリアさんは、きっといないだろね」
「そうだな。あ、カッコいい云々じゃなくて、パンクロックにはハマってなかったってことだからな」

 湯気の向こう側でジュリアが口元をほころばせた。

「ジュリアさん、目がキリッとしててカッコいいべさ」
「ははっ、そういう風に見せるメイクだからな。今度ヒナにもやってやるよ……っと、残り、もらってもいいか?」

 どうぞ、とひなたが手で合図をすると、ジュリアが鍋の中身をきれいに片づけてくれた。二人で食べるにしても量が多いかもしれない、と考えていたひなたの予測はほぼ的中していた。ごちそう様でした、と二人で手を合わせた時に、お腹がいつもよりも重たかったが、不思議とそれが苦にはならなかった。



<<前のレス[*]次のレス[#]>>
13Res/25.91 KB
↑[8] 前[4] 次[6] 書[5] 板[3] 1-[1] l20




VIPサービス増築中!
携帯うpろだ|隙間うpろだ
Powered By VIPservice