【ミリマス】木下ひなたが外泊する話
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5:飢餓感 4/8[sage]
2020/10/30(金) 18:13:33.15 ID:w3nnd9V30
「さ、上がりな。女の部屋にしちゃ、殺風景かもしれないけどな」
「うん……お、お邪魔します」

 玄関を通ってまずしたことは、両手に提げた袋を下ろすことだった。平坦な1Kの廊下を通り抜けて案内されると、確かにジュリアの言う通り、デコレーションの少ないシンプルな部屋だった。テレビデッキの対面、部屋の中央に設置されたテーブルの上には、何かを書いては消した跡がいっぱい残った紙が、ボールペンと共に何枚か置いたままになっていて、楽譜らしき本がそのすぐ近くに数冊積みあがっていた。

「この紙か? 詞を書いてるんだ。メロディは先に出来上がってるんだけどさ」

 時々控室でそうしているみたいにギターを手に、ステージで歌っているジュリアの姿が、ひなたの脳裏に浮かんだ。

「もしかして、劇場で歌う曲かい?」
「いや、まだまだそんな段階じゃないよ。とりあえず詞ができたらデモテープ録って、プロデューサーに提出してみる。それが採用されて、ちゃんとした編曲してもらえて、公演で出してOKって出来になってから、もしも、あたしのお披露目する機会が来れば……。ってな感じで、先は長いぜ」
「わあ〜……ジュリアさん、すんごいねぇ。自分で歌が作れちゃうんだ」

 ダンスはヘタクソだけどな、と返しながら、ジュリアはレザーのジャケットをハンガーに引っ掛けて、クッキングヒーターの説明書に目を通していた。火の出る所が無いのにこれで加熱ができるなんて不思議だ、と、ひなたも平べったい板を眺めながら感じていた。

「白菜、じゃがいも、ニンジン、タマネギ、白滝、あと豚肉と牛肉、か……なあヒナ、一体何を作るつもりなんだ?」
「肉じゃがだよぉ。白菜と豚バラは、ミルフィーユ鍋にするべさ」
「おいおいマジか……すげぇな。何か手伝えないか? あたしが余計なことしたら台無しになりそうだけど」
「それじゃあ、調味料、量ってもらってもいいかい? 醤油と、お酒と、みりんと、お砂糖。えっとね、量は……」

 メモ帳に書き留めたレシピをひなたがジュリアに見せた。自分では覚えたつもりでいても、何をどのぐらい入れるのかを思い出そうとすると不安になってしまうから、必要かどうかは分からなかったが鞄に忍ばせてあったものだった。さっきまでは凛とした涼しげな表情をしていたのに、匙を握りしめたジュリアには緊張が走っていた。

「……ヒナ、助けてくれ。液体は分かる。ただ、砂糖の大さじ一杯ってどうすればいいんだ? 大さじってこのデカいのだろ?」
「えっとね、表面が平らになるようにとると、大さじ一杯になるよぉ」
「よ、よし……サンキュ、やってみるぜ」

 すぐ隣でジュリアが恐る恐る砂糖を量っているのを横目に見ながら、ひなたは野菜の皮むきを終えていた。泊めてもらう話を何も言わず了承して、ここに案内してもらうまで大事に大事にエスコートしてくれたジュリアに何かしてあげられる実感が、ひなたの心を軽くしてくれた。じゃがいもとニンジンの処理を終えてタマネギの処理に入るときに、換気扇のスイッチを入れた。さっき買ったものとは別の鍋を温めて油を張り、肉を炒める頃には、ジュリアは調味料を量り終えて、一仕事終えたように額を手の甲で拭っていた。

「ヒナは、実家にいた頃も料理してたのか?」
「お手伝いしてることはあったけども、自分で作るようになったのは、東京に来てからだなぁ。ばあちゃんに作り方とか教えてもらったのをメモして、その通りにやってるだけだよぉ。まだ、ちょっこししか作れんし、美奈子さんみたいには上手くいかんべさ」
「それでも、自分で料理ができるだけで、すごいことだと思うぜ、あたしは」
「大げさだよぉ。分量と手順をちゃんと守るだけだべさ」

 野菜にもそろそろ火が通る頃だった。ダシ汁、砂糖、酒、みりん、醤油と、水抜きを済ませた白滝。準備してあったものが順番に鍋の中へ飛び込み、一つに混ざり合っていく。しばらく大人しかった鍋が煮立つまで待つ間に、まだ自宅から持ってきたままの姿だった白菜をひなたが手に取った。外側から順に葉をはがして、薄切りの豚バラ肉を敷いてはまた一枚一枚重ねなおす。

「こっちの鍋に並べるのは、ジュリアさんにやってもらうべさ」
「ああ、それならできそうだ。出来上がりがイメージできる」

 等間隔に切った白菜と豚バラの束が、ヒーターにかける方の鍋に敷き詰められていく。若干の余りが出てしまうぐらいで、一部分はジュリアが無理矢理押し込んでぎゅうぎゅう詰めになっていた。食材だったものが料理になっていく中で、炊飯器が蒸気を吹き出し始めていた。肉じゃがにもアルミホイルで落とし蓋が施され、後は煮汁が野菜に染み込んでいくのを待つだけとなった。出来上がりを楽しみにするひなたの隣で、ジュリアの腹の虫が悲鳴をあげた。



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