【ミリマス】木下ひなたが外泊する話
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4:飢餓感 3/8[sage]
2020/10/30(金) 18:12:41.88 ID:w3nnd9V30
「うん、領収書、もらってくるねぇ。ありがとう、こんなにしてくれて」
「お安い御用だ。それより、ジュリアに料理の基礎を教えてやってくれ。相当酷いらしいから」
「う、うるせーな。いいだろ別に……まぁ、酷いのは否定しねえけどな」

 料理ができないことを指摘されたジュリアの顔は、開き直って得意気ですらあった。ひなたは、ある日の劇場の台所で見た「何か」のことを思い出していた。ひょっとして、あの得体の知れないのはジュリアさんが作ったんだろか、と言いたくなったが、それを口にするわけにはいかなかった。
 ひとまず、今晩泊まることになるのなら荷物の準備をしておいで、とプロデューサーにすすめられ、ひなたはその場を後にして、オーバーしていた面談の時間をジュリアにパスした。後でな、とひなたに投げかけるその表情は、どこかにこやかだった。

 数時間後、もう日が沈む頃になって、ひなたは野菜を詰め込んだエコバッグを手に、部屋着の入った鞄を背負って、劇場に戻ってきていた。翌日学校に行くから制服姿で行かなければ、と玄関で靴を履こうとした瞬間、今日が土曜日であることを思い出し、慌てて着替えて正解だった、と控室の椅子に腰を下ろしながら実感していた。控室には誰もいない。まだ何人かの鞄は置いたままになっていて、そういった荷物の中に黒いギターケースが立っていた。
 あのギターケースが普段置かれている部屋――いつもカッコいいジュリアはどんな部屋で生活しているのか。普段家で何を食べているのか。部屋には何が置いてあるのか。控室の加湿器がもくもくと蒸気を吐き続けていた。スマートフォンで時刻を確かめようとした時、扉が開いた。

「よーヒナ。お疲れ」
「あっ、ジュリアさん。お疲れ様だべさ」
「いやー、今度の曲、ダンスが難しくてさ。ちょっと脚が痛いぜ」

 ギターケースを担ぎ上げて、ジュリアがそれを背負った。普段から身に着けている服の一部みたいだった。

* * * * *

 途中までは電車も一緒だったが、いつもと違う駅で降りて乗り換えると、もうひなたにとっては未知の世界だった。薄暗い空の下でピカピカ光る東京の街並みも、自分の家への最寄り駅へ向かう電車から眺めるそれと随分違っている。ジュリアの背中で周囲の視線から庇ってもらいながら、右手の出入り口から見える夜景と、目の前の派手な顔立ちと、ジュリアの腕の隙間から見える、男性が読んでいる新聞の一面の見出しに、ひなたは視線をぐるぐる巡らせていた。

 自分の降りる駅よりもゴチャゴチャしていて会社帰りの人に埋もれそうになる中で、ジュリアはひなたの手を引いていてくれた。外での仕事に付き添う時にそうしてくれるプロデューサーみたいに、歩幅も合わせてくれた。違っていたのは、手の大きさと、指の細さと、しっとりしていて柔らかな肌の感触だった。

 駅に隣接するビルの中に家具店があるから、とジュリアに案内されて、あちこち探しまわることも無く、早速クッキングヒーターとセットの鍋を購入することができた。野菜の入った袋を提げた腕に大きな袋も通そうとしたが、領収書を財布に収めた赤毛の同期にひょいとそれを持ちあげられた。荷物を分け合えて負担が減ったことにホッとした一方で、つなぐ手が塞がってしまったことにひなたはほんのりと心細さを覚えていた。

 同じ駅ビルにあったスーパーで肉と少々の調味料を追加で購入する頃には、ひなたもジュリアも両手に袋をぶらさげるようになっていた。ちょっとしたパーティーみたいでワクワクするな、と、ジュリアはアパートの鍵を開きながら口角を上げて笑っていた。


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