【ミリマス】木下ひなたが外泊する話
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3:飢餓感 2/8[sage]
2020/10/30(金) 18:11:45.87 ID:w3nnd9V30

「ひなたも、ここの誰かの家に泊まりに行ってみたらどうだ?」
「ええっ、だめだめ、そりゃ迷惑になっちゃうべさ」
「いや、そうとも言い切れないぞ。それこそ、一人暮らししてる子もいるんだし、似た立場の人と過ごしてみるのも、お互いリフレッシュにもなるはずだ」

 泊まりに行く、という行為に心が躍るのを感じてはいたが、さしたる用事もないことを思うと、ひなたは遠慮せずにはいられなかった。でも、という前置きが口から滑り落ちた瞬間、ノックとほぼ同時に、視界の端にあったドアが開いた。

「……失礼しまーす。って、あ、まだ取り込み中か」

 白いドアを背景に、かき上げてセットした赤い髪が殊更に目立っている。それに呼応するかのような、白い頬にあしらわれた青い星。

「ああ、もう次の人の時間だったか。そうだジュリア、ちょうどいい。頼みがあるんだ」

 ノブを回して退出しようとするジュリアをプロデューサーが呼び止め、手近にあった椅子を引き寄せ、同席するよう促した。何が丁度いいんだ、と顔に疑問符を浮かべながらもジュリアはひなたのすぐ傍に腰かけた。

「地方組の同じ一人暮らしってことで、ひなたをジュリアの所に一晩泊めてもいいか?」
「ええっ、そんな、わる――」
「ああ、別にいいぜ」

 プロデューサーの唐突な頼み事に慌てるひなたとは対照的に、何も聞かされていないにもかかわらず、ジュリアはひなたを一瞥すると即答した。まるで、質問される前から答えが決まっていたかのようだった。あまりにも堂々としたそのたたずまいに、ひなたは一瞬呼吸することを忘れてしまった。

「プロデューサー、今日でいいのか?」
「ああ、いけるか?」
「まあ、特段用事があるわけでもなければ、人を招けないほど散らかしてるわけでもないしな」
「ジュリアさん、いいのかい? まだなんも事情を話してないのに」
「話なら後でゆっくり聞くよ。じゃあヒナ、今日は一緒に帰ろうな」

 ぽんぽん、とジュリアが、動揺からまだ立ち直れないひなたの肩を叩いた。

「う、うん。ありがとう……じゃあ」

 ひなたは思案した。ただ泊めてもらうだけではダメだ。せめて食事の支度ぐらいはこちらで。実家の農園から送ってもらった野菜が真っ先に頭に浮かんだ。この事務室にも暖房がついている。夜になると肌寒い。北海道の冬ほどではないだろうけれど、きっと、今日だって少し寒いはず。それならやっぱり……。

「ジュリアさんのおうち、カセットコンロと、土鍋、あるかい?」
「……あ〜、いや、無いな。フライパンと鍋なら一応……それも全然使ってないけどな」

 二人のやり取りを聞いていたプロデューサーが、机の下の鞄から黒い長財布を取り出した。そこから紙幣を二枚取り出し、むき出しのままでひなたにそれらが差し出された。受け取ったひなたは軽い悲鳴をあげた。覗き込んだジュリアもギョッとしていた。

「今の時代だったら、カセットコンロよりクッキングヒーターの方が安全だし使いやすいぞ。対応する鍋を一緒に見繕っても、それで足りるだろう」
「あっ、でも、プロデューサー、もらいすぎだよぉ」
「残った分は戻してくれよ。ああ、領収書をもらっておいてくれ。名前は書いてもらわなくていいからな。もしかしたら、経費で落ちるかもしれないから」

 差し入れのお菓子を分けあうような軽さで、プロデューサーは二万円もひなたに手渡していた。自分達のアイドル活動の裏で動いているお金の額が途方もないことを知ったひなたにとっても、自分が手にしたそれは大金であった。自分の財布に入れるときも、丁寧に二回も折り畳んだ。扱ったことの無い金額ではなかったものの、わざわざ自分のために差し出されたことを思うと、ひなたは掌が汗ばむのを感じた。


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