ロード・エルメロイU世の事件簿 case.封印種子テスカトリポカ
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9:名無しNIPPER[saga]
2020/09/21(月) 20:26:55.89 ID:amUbMXcr0

 最大の誠意を見せることで、最大の見返りを期待する。

 信仰とは対極にあるようで、しかしその実、両者は切り離せない関係にある。自教を信じれば不幸になる、などという宗教は存在しないからだ。

 現世での悩みが無くなる、死後の幸福が約束される、来世では解脱に至れる――信仰と引き換えに、"何か"を得ることが宗教の本質と言える。あるいは、本質になってしまったというべきだろうか。

「理由は、ええと、何となくわかりました。じゃあ、彼らは何を望んだんですか? アステカの生贄文化がこうまで有名になっているってことは、儀式が行われたのは一回や二回ではなかったんでしょう?」

「アステカの生贄が有名なのは、頻度の他にも残虐性や生贄用の捕虜を取るために戦争をしたことなどにも依るが……何を望んでいたのか、は簡単だ。彼らが願っていたのは太陽を存続させることだよ」

 太陽の、存続――言葉の意味としては確かに単純だったが、すぐには理解出来なかった。自分にとって太陽が頭上にあることは、呼吸する酸素に困らないのと同じ程度には当たり前だったからだ。

 そんな自分の混乱を見てとったのか、師匠が続ける。

「彼らにとって太陽とは神であり、やがてその隆盛には終わりが来ると信じられていた。だから彼らは太陽が飢えないように生贄を捧げたというわけだ」

「太陽を神様に見立てる、というのは分かりますけど……神様が、終わる?」

「別段、珍しい考え方ではない。終末論は多くの宗教で見られる思想だ。最後の審判なんかは有名だし、ヒンドゥーでもユガという考え方がある。アステカも同じだ。太陽である神の滅びと共に、あの神話の世界観は更新されている」

 世界観の更新。

 自分もよく知る創世神話とは異なる、創造と滅びの二重螺旋。

「アステカの神話観でいえば、今の太陽は5つ目の太陽であり、現在は5番目の世界なんだ。4度世界と太陽は滅び、そして新たな太陽と世界を迎えた。この遺跡は1番目の太陽――テスカトリポカを奉じる為の遺跡だ」

 師匠が絵の一部を指さす。どうやら遺跡の壁面に彫刻が施されているらしい。細かい意匠までは判別できなかったが、それがテスカトリポカという神の似姿なのだろう。

「テスカトリポカ。アステカ神話において、善神ケツァル・コアトルと対立する悪神だ。アステカの民は他民族の神を取り入れることにも否定的ではなく、神話にも複数の異なるパターンが見られる為、一概には言えないがね。
 それでもテスカトリポカとケツァル・コアトルが直接的に争ったという描写は散見される。太陽の座を奪い合ったものや、ケツァル・コアトルが生贄の風習を止めさせたものが有名だな。テスカトリポカは太陽神の属性を持つが、同時に夜の神であるともされるのは、こうしたケツァル・コアトルとの対立からくるものだろう。善悪、昼夜。コインの裏表の様に、両者は実に近しい存在だ。ケツァル・コアトルを"白いテスカトリポカ"と呼ぶことさえある。あるいは、元はひとつの神性であったものが二つに分かれたのかもしれないな」

 師匠の講義を聞きながら、資料を見つめる。テスカトリポカに生贄を捧げる為の遺跡。そう聞くと、どこかおどろおどろしくさえ見えてくる。

 その時、ふと自分は妙なことに気づいた。

「師匠、調査隊の方は誰も戻ってきていないんですよね? では、この絵は?」

「正確に言えば、発見したのは遺跡そのものではないんだ。見つけたのは遺跡の場所を知る部族が住む村でね。その絵も部族のひとりが描いたものらしい。調査隊を派遣する前に、協会が買いとったそうだ」

「部族……ですか?」

「外界と接触しない部族、というのは全く存在しないわけではない。有名なのはアンダマン諸島の未接触部族だが、この森も魔術協会によって意図的に人の手が入らないようにしていたからな。とはいえ、こちらは完全に外部との接触を絶っていたというわけではなかったらしいが……」

 最後の台詞に関しては何やら歯切れが悪かった。思わず問うような視線を向けてしまうが、師匠は首を横に振って、

「いや、その辺の報告だけどうにも曖昧というか……要領を得なくてな。幸い、英語を喋れる者はいるらしい。それに関しては現地で確認するとして、話を戻そう」

 師匠は地図を指さした。それはユカタン半島の拡大図らしい。ほぼ緑一色で表現されている紙面に、赤インクで幾つか丸印が付けられている。

「これまでの調査隊が部族の村まで到達しているのは確からしい。そこから遺跡に向かって出発し、道中ないし遺跡の調査中に行方不明になっているというのが、おおよその見解だ」

「何者かに襲われている?」

「加えて逃げ延びた者もいないというのなら、遺跡の内部で、という線が濃厚だな。魔術的な遺跡なら、それは古代の魔術師の工房と同じだ」

 他人の工房においては、大規模な魔術はほとんど使えない。土地それ自体に防衛の魔術が仕込まれているなら、マナを取り込むことも難しいからだ。

「では……イゼルマの防御を天候魔術で壊したように、拙の"槍"で遺跡の機構を?」

「いや、他の調査隊も似たようなことは考えた筈だ。宝具のような規格外はないにしても、アトラム・ガリアスタの天候魔術と同レベルのものを用意することは――容易とは言わないが――十分に可能だろうしな。そもそも調査する遺跡を壊してどうする」

 言われてみればその通りではあるのだが。


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