ロード・エルメロイU世の事件簿 case.封印種子テスカトリポカ
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63:名無しNIPPER[saga]
2020/10/10(土) 22:37:59.05 ID:mG1v5QBi0

「よーし、ここで一回目の休憩ガオー! 小休止!」

 そう言ってティガーが広場に入っていく。休憩と聞いてか、目の前をふらふらと歩く師匠の足取りも僅かに力強さが増した。遅れて自分が続くと、予想外の光景が目の前に広がってくる。
 
 最初に目に入ったのは岩場だった。これまで散々踏みつけてきた腐葉土交じりの湿った土とは違う、白っぽい岩肌が地面から隆起している。地面に岩で出来た器でも埋め込んだかのようだ。そして、その器に満たされているものは――

「わあ……」

 それは泉だった。ジャングルで水場、と聞くと底なし沼を思い浮かべてしまうが、目の前のそれは"沼"と表現するにはあまりにも美しすぎる。思わず声を漏らしてしまうほどに。

 枝の隙間から落ちてくる日光を受けた水面はコバルトブルーに透き通り、水底までくっきりと見通せる。異様なまでの水の透明度の高さは、どこか神秘的な印象さえ与えてきた。気温は相変わらずだが、その美しくも冷たい印象に背筋がぞくりと震える。

 先行していたゴルドルフやトラムも水を湛える岩場の前で立ち止まり、その風光明媚さに思考を停止させているようだった。

 師匠も手で砂を払った岩場にゆっくりと腰をおろしながら、感動したように頷いている。

「セノーテだな。本来はもっと北の方で見られるものだが……アステカの魔術師たちが地脈に手を加えた影響か?」

「セノーテ?」

「石灰質の岩場の中に出来た、天然の井戸のことだ。地下水脈が流れる洞窟の上部が崩落すると、こうやって泉の様に見えるのさ。角度的に光が届かないので分かりにくいが、泉の奥は更に地下まで続いている筈だ」

 言われてみてみると、確かに泉の底は緩い傾斜を描いており、その先は暗く見通せなくなっていた。いくら透明度が高くても、光が差さなくては先行きがあるかすらも分からない。

「水源が地下水であるため、水温は低目に保たれている。飛び込みたいところだろうが、手足を軽く浸すくらいにしておくといい」

「おお……確かに至福だ」

 いつの間にかトレッキングシューズとソックスを脱ぎ捨てたゴルドルフが、泉の縁に腰掛けて足先を泉に浸していた。ちなみに彼は白っぽい厚手の生地で作られた半袖の上着に、同じ材質で造られたハーフパンツという出で立ちなので、ズボンの裾をまくる必要はない。

 自分もそれに倣って、指先を湖面に浸してみる。冷ややかな液体が、火照った身体から心地よく熱を奪っていった。それに加えて、この風景は見ているだけで心が安らいでくる。

「本当に綺麗ですね……」

「いくつかの大きなセノーテは、観光名所にもなっているというからな。ここで見られるとは思わなかった」

「村の近くにいくつかあるガオ。うちの村の大事な水源……まあ、ここはちょっと遠いからあんまりこないけど」

 民俗衣装の下衣を膝まで捲ったティガーが、浅瀬で水をぱちゃぱちゃとやりながら、そんな風に補足をする。

 ティガー達が水源としていることから分かる通り、ここの水も飲めないことはないそうだが、アルカリ性なので飲み過ぎない方がいいらしい。煮沸する必要もある。

 余裕がある内は用意していたミネラルウォーターの方がいいだろうということで、自分はひとり水場を離れ、遅れて広場に入ってきたゴーレムの近くまで歩いていく。背嚢から人数分のペットボトルを取り出す為だ。

 500mlを5本取り出し、皆の下へ戻ろうとするが、抱えて数歩歩いてから、袋か何かに入れるべきだったと後悔する。抱きかかえながら歩くのは無理ではないが、やや苦労するという絶妙な塩梅だ。気を抜くと落としそうで怖い。

 すると、横合いからすらりと細い手が伸ばされてきた。

「手伝いましょう」

 手を辿っていくと、病的に白い肌と赤い瞳の持ち主に辿り着く。トラム・ローゼン。先ほどまでゴルドルフの傍に控えていた筈だが、いつの間にかこちらに来ていたらしい。

 こちらが迷っている内に、彼の手はボトルを掴み、3本ほど肩代わりしてくれた。そんな動作にさえ、全く強引な印象を受けない。

「……ありがとうございます」

「いや、なに。こちらも同じことをやろうと思っていたところだったので」

 ちらと泉の傍で休んでいるゴルドルフへ、トラムの視線が向けられる。

 ゴルドルフとは昔からの付き合いだというが、その関係は友人というよりも付き人か何かのように見える。あるいはムジーク家の分家筋なのかもしれない。

 だが想像の中にしか存在しないような完璧な貴族然としたトラムが、10代半ばの少年に付き従っているというのは何ともちぐはぐな感じがする。

 トラムは大した家の出ではないということだったが、僅かな疲労の色も見えない。師匠と同じ(こちらは白かったが)スーツ姿だというのに、汗一筋かいていないようだった。まあ、本当に師匠と同じなら、そのスーツも普通の衣類ではないのだろうが。

 ゴーレムから泉まで僅か数十秒という距離だったが、沈黙が気になる距離でもあった。ここに至るまでトラムとほとんど会話していないことを思い出し、当たり障りのない話題を振ってみる。

「ええと……泉には入られましたか?」

「いえ。私は見てるだけで十分……それに、ロード・エルメロイはああ言っておられましたが、どうにも神霊のことが心配で」

「……師匠がああまで言うなら、何かしら確証あってのことだとは思うのですが」

「ミス・グレイは確かロードの内弟子ということでしたね。何か予想がついているのでは?」

「い、いえ、拙なんかは、とてもとても……けれど、師匠はいい加減なことは言いませんから」

「では、披露の時を楽しみにしておきましょう」

 微笑みながらそう言って、トラムは会釈をするとボトルをゴルドルフとティガーへ手渡しに行った。

 ……何ともお手本的な紳士振りだ。後ろ姿を見送りながら、そんなことを考える。


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