ロード・エルメロイU世の事件簿 case.封印種子テスカトリポカ
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6:名無しNIPPER[saga]
2020/09/21(月) 20:24:14.32 ID:amUbMXcr0

「グレイ。今回は私と一緒にメキシコまで行ってもらいたいんだ」

「メキシコ」

 急に出てきた異国の名前に、思わずオウム返ししてしまう。

 恥ずかしながら、当時の自分が持っていたかの国についての知識は非常に薄っぺらで、国名からはタコスくらいしか連想できなかった。少なくとも密林を歩くことになるなど、この時点では思ってもいなかったのである。

「最近――といっても、1年以上前だが。未調査の遺跡が発見されたんだ。時計塔が所有しているユカタン半島の原生林でね」

「時計塔が所有している……?」

 首を傾げた自分に、師匠が補足をしてくれる。

「珍しいことじゃない。人の手が入っていない土地は、魔術師にとっては色々と使い出がある。表向きは国や個人の所有となっていても、実際は時計塔全体で管理している霊地、というのはいくつか存在するんだ」

 この場合の"全体で"というのは、つまりはどこかの家や特定の派閥が管理しているわけではない、ということらしい。(「まあ、建前上、表向きはね?」とはライネスの言だ)

 仮にここで未調査の、魔術的な関連の強い遺跡が発見された場合、その発掘権を誰が得るかは時計塔的な公平さを以て決められる。つまりは陰謀と暗闘の勝利者が得ることになるわけだ。

「……そこまでする価値が? その、遺跡発掘に?」

「当然、あるとも。神秘は古いほど強力で価値が高い。年代にもよるが、当時の魔術礼装などが残っていればそれだけで大儲けだろう。イゼルマの時の、竜の血を受けた菩薩樹の葉のような規格外の呪体が出てこないとも限らない。コーンウォールを片っ端から掘り返すような無茶をした家もあるほどだ」

「はぁ……でも、それだけの価値があるなら、その……」

「そうだ。弱体化したエルメロイにそのような権利を獲得する力はない。最初に獲得したのはトランベリオだった。正確には、"最初の発掘権"を手に入れた家は、ということだが」

「トランベリオ……それは確か、民主主義派の」

 冠位会議を経て、自分も少しは時計塔の派閥について知識をつけている。

 三大貴族の一角、トランベリオ。民主主義派の首魁と言ってもいい存在だ。発掘権の獲得を果たしたというのも頷ける。しかし、"最初の"?

 疑問を口にすると、師匠はいつものように答えを返してくれる。

「公平を建前にしているからな。成果が出ている限り調査は継続できるが、失敗、あるいは権利を放棄すれば次の者が……というわけさ。だが本来、二番手以降の者に権利が回ってくるなどいうことは起こり得ない。先ほども言った通り、未調査の遺跡の価値は計り知れないからだ。仮に礼装や呪体が出てこなくとも、遺跡の造り自体が当時の魔術基盤の重要な資料になり得る。万全の体勢で挑むだろう」

「けれど、失敗した?」

 先述の理由でエルメロイまで発掘権が回ってきた、ということなら、今のところ発掘にはどの派閥も成功していないという理屈になる。

「もちろんトランベリオの本家が動いたわけじゃない。実際に行動したのはその分家筋だが、十分な力は持っていた。準備にも粗はなかったと言えるだろう。少なくとも、発掘チーム全員が行方不明になる、なんてことは誰も予想していなかったさ」

「全員が、行方不明……あの、師匠。それって、物凄く危ないんじゃ」

 言いながら、窺うようにライネスを見やる。不安げな自分の表情を見てだろう。彼女はにんまりとした笑みを浮かべながら、こう付け足した。

「その後も都合三度派遣された調査チームの全てが同じ轍を踏んでいる、と結べば完璧だ。50人近い魔術師が挑んで、ただのひとりも生還していない、とね」

 そもそも弱小のエルメロイ派が5番目に権利を手に入れられた理由も、他のロード達があまりの異常さに様子見を始めたからだという。

 ……それは、本当に危険だということを意味していた。

 魔術師とは、基本的に死に難い生き物である。魔術刻印が宿主を生かそうとするというだけではない。魔導の要は"継承"にあるからだ。自身の魔術を子孫に伝え、根源を目指し続けるシステム。故に、彼らは絶滅と断絶こそを最も恐れ、その対策に余念がない。

 ロンドンに来てからこちら、遭遇した事件はどれも剣呑に過ぎる物揃いだったが、この件もそれらに勝るとも劣るまい。



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