ロード・エルメロイU世の事件簿 case.封印種子テスカトリポカ
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56:名無しNIPPER[saga]
2020/10/10(土) 22:32:03.94 ID:mG1v5QBi0

「グレイ、何か質問してくれ」

「質問? 何をですか?」

「本当に何でもいいんだ。あるべきところに答えが見つからない以上、それは私が何かを見落としているんだろう。別の視点から考えるための取っ掛かりの様なものが欲しい」

 言葉の内容に少しほっとする。師匠が解けない謎に挑んでも解ける気はしないが、こういう手伝い程度なら自分も役に立てるかもしれない。

 一方で、師匠が何かを見落としている、というのは信じられなかった。師匠の魔術の腕は三流だが、神秘に関する知識の造詣の深さは時計塔でも屈指のものだ。であるからこそ、末席とはいえ12の君主のひとりに数えられているのだから。

 とまれ、頼まれたのだからまずは問いかけねば。

「ええと、調査隊の中には、大層な魔術師はいなかったという話ですが……ゴルドルフさんはどうなんですか。確か、錬金術の大家だとか」

 しばらく考えた挙句に口から出た質問。新世代(ニューエイジ)とは、ここ一世紀ほどの間に生まれた魔術師の家柄を指す言葉だ。大家とまで言われる一族がそうだとは考え辛い。

「ムジーク家は確かに昔からある錬金術の大御所だ。今回の調査隊に参加したのもその縁だな。アインツベルンに次ぐホムンクルス鋳造技術。錬金術による変成の技はイスタリ家に迫るだろう」

「ではゴルドルフさんが原因なのでは?」

 そう口にしながらも、あの少年が神霊の気を害すほどの何かを持っているとは思えなかったが。

 師匠も否定するように首を振る。

「だが逆に言えば、彼の家は魔術の世界においては全て後追いの存在なんだ。各方面の技術は確かに高いが、どの分野でも先んじている他者がいる。魔道において究極の目標が根源への到達である以上、先達は賞賛を受け、後進は誹りを――いや、見向きもされないといった方が正しいな。結果として、ムジーク家は魔術の世界において何の功績も残せていない、歴史倒れの家とされているのさ」

 同じ貴族主義派ではあるが、現代魔術科でも新世代でもないのにこの調査隊に参加しているのは、そんな微妙なパワーバランスが成立させていることらしかった。

「じゃあ調査に参加したのも家の名を上げるために……?」

「功名心は間違いなくあるだろう。ただ奇妙なのは、本来彼が参加する予定ではなかったということだ」

「そういうえば先ほど何か指摘されていましたね。本来はあの子のお父さんが参加する予定だったとか」

「ああ。家の名を上げるのだけが目的というのなら、父親に任せても良い筈だ。魔術刻印を既に譲ったとはいえ、単純な力量だけ見ればまだまだ及ばないだろうしな。というより、貴重な魔術刻印を危険に曝すのは悪手ですらある」

 魔術刻印はその家の歴史そのものだ。エルメロイ派が現在苦労しているように、過去に剥離城という存在が成立していたように、それを損なえば家柄そのものが損なわれることになる。

 それを危険に曝してまでも目指すべき目標など、魔術師は持たない――否、持てない筈だが。

「そもそも、当主を継ぐのに適当な年齢なんですか?」

「早い方ではあるが、驚くほどではないだろう。親より子供の方が才能があるとみなされれば移植も早まる。それだけ期待されているということだろうさ。もっとも、それが当人の器に見合った期待なのかは分からんがね」

 その言葉で思い出したのは、剥離城で出会ったロザリンド・イスタリという少女のことだった。

 事件の後に聞いたことだが、齢10にも満たない彼女も、一度は後継者として刻印を移植されていたのだという。

 そういえば、彼女はいまどうしているだろうか。イスタリの刻印は回収され、後継者争いに巻き込まれることになるだろうという話だったが、ライネスが手を回したとも聞く。しかし、冠位決議の後では特にその後を耳にすることなく――

 脇道にそれかけてた思考の手綱を取り直す。師匠には何でも質問していいと言われたが、さすがにこれは関係が無さすぎるだろう。

「師匠、もうひとつ聞いても?」

「頼んだのはこちらだ。もちろん構わない」

 代わりに口から出たのは、しかしやはり記憶にあるロザリンドの姿から連想したものだった。彼女は常に兄であるハイネの後ろに付き従っていた。

 だから、ゴルドルフの後ろに控えていた彼のことを思い出したのだ。

「……どうしてトラムさんのことを覚えていなかったんですか?」



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