8: ◆eBIiXi2191ZO[sage saga]
2020/09/13(日) 22:50:23.80 ID:kh3F9e+N0
しばらくして、アイドルも事務所に顔を出し始める。
スタッフをやりくりして、各々の仕事先へ向かわせる。
私は幸い、今日はレッスンだけ。社長さんが戻るまではとお手伝いをするけれど、実際は違う。
レッスンをする気になれないでいたのだ。
9: ◆eBIiXi2191ZO[sage saga]
2020/09/13(日) 22:51:36.25 ID:kh3F9e+N0
「高垣です」
「どうぞ」
簡潔なやり取り。
10: ◆eBIiXi2191ZO[sage saga]
2020/09/13(日) 22:52:36.62 ID:kh3F9e+N0
「私とちひろ君が病院に着いた時にはもう、彼は、亡くなっていました。そして今、スタッフにはその事実を伝えました」
「……」
「ここからが、秘密にしていただきたいことです……ほどなくして、警察が病院に来まして、私とちひろ君、そして彼のお姉さんが事情聴取を受けました」
「えっ?」
11: ◆eBIiXi2191ZO[sage saga]
2020/09/13(日) 22:53:35.48 ID:kh3F9e+N0
「彼は、自ら死を選んだんです……」
それ以上、誰も、なにも、話せない。
私は両手で顔を覆い、うつむく。
12: ◆eBIiXi2191ZO[sage saga]
2020/09/13(日) 22:54:28.52 ID:kh3F9e+N0
ちひろさんは帰ってこない。
社長さんの指示で、スタッフ経由でアイドルたちに、Pさんが亡くなったことを伝える。
仕方ないことだ。人の口には戸が立てられないし、いつどこから、彼が亡くなった事実を聞くか分からない。
むしろ早めに手を打つことで、少しでも動揺を収束させる狙いがあった。
13: ◆eBIiXi2191ZO[sage saga]
2020/09/13(日) 22:56:01.74 ID:kh3F9e+N0
ちひろさんが帰ってきたのは、もう夕方になろうとする頃だった。
私の顔を見て一言「ごめんなさい」と呟き、力なく社長室へと向かう。
彼女がなにを話すのかなんて、私には分からないこと。
だがちひろさんのまぶたはややはれぼったくて、相当に泣きはらしたのだろうということは容易に想像できた。
14: ◆eBIiXi2191ZO[sage saga]
2020/09/13(日) 22:57:02.65 ID:kh3F9e+N0
「お姉さんに、ですか?」
「はい……弟がいろいろお世話になりました、と、お礼を言われて……」
そう言うとちひろさんは、ぽろぽろと涙をこぼす。
15: ◆eBIiXi2191ZO[sage saga]
2020/09/13(日) 22:58:18.62 ID:kh3F9e+N0
「ちひろさん? マンションまで送りましょうか?」
私の提案に、ちひろさんはかぶりを振る。さすがに今の彼女をそのまま電車へ預けてしまうのは、不安でしかない。
通りに出てタクシーを捕まえる。
16: ◆eBIiXi2191ZO[sage saga]
2020/09/13(日) 22:59:30.24 ID:kh3F9e+N0
車内。私は流れる街灯りをぼんやりと眺めている。
今日は本当に、いろいろとありすぎた。目まぐるしく変化する状況に、理解が追い付かない。
今こうしている間も、これが現実と思えない私がいる。
17: ◆eBIiXi2191ZO[sage saga]
2020/09/13(日) 23:00:14.02 ID:kh3F9e+N0
あれは、現実だったのだろうか。
部長さんの落胆する表情。社長さんの苦悩の色。そして、ちひろさんの涙。
耳には、スタッフの指示の声。そして。
『自死』の言葉。
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