9:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 17:45:52.78 ID:n4MKx+790
『だから、歌うのが好きなのかなあって、そう思ったの。嫌いだったならごめんね』
子供相手に謝る言葉なんて軽いものだ。
その時から大分時間が経って、今でもそう思うのはきっと、先生が間違ったところを指摘したときにどこか嫌そうな顔をしてから悪かった、といったり、ゲームセンターでメンテナンス不良を指摘した同級生に申し訳ございません、といいながらも嫌々作業をしているのが見てとれるアルバイトの人だったり、かかってきた営業の電話にお父さんとお母さんは家にいません、というと一瞬微妙な間が空いてからすみませんでした、と聞こえてきたりと、そんな人ばっかりを見てきた偏見が積み重なったからかもしれない。
でも、そのひとは真剣だった。わざわざそんなことをする必要なんてどこにもないのに、丁寧に腰を折って、被り直した帽子を脱いで頭を下げてみせたのだ。
ここで何も言わなければ、きっと私は一生後悔することになる。
幼い心だったけど、それだけは理解していた。だから、一歩一歩と離れていく背中に、私は。
『……まって! ください!』
叫んでいた。きっと大きな声じゃなかった。ヒーローごっこをしていた子供たちに掻き消されてしまうような、井戸端会議に飲み込まれてしまうような、そんなか細くて頼りない叫びだった。
だけど。
『どうしたの?』
ゆっくりと、前に進めていた足を止めて、そのひとはもう一度、わたしへと歩み寄ってくる。
届いていた。ううん、届いてくれた。聞いてくれた。
どうしてそんなことをしようと思ったのか、きっとその時の私もわかっていたんだと思う。それが一生ものの後悔になるからという不安だけじゃない。
なんせ今だって子供だけど、それに輪をかけて小さい子供だ。
家に帰って眠ってしまえば、きっと引きずりはするだろうけれど明日にはいつも通りの朝を迎えられたはずだ。
それでも、その人を引き止めなければいけなかったのは。
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