十時愛梨「それが、愛でしょう」
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6:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 17:42:51.62 ID:n4MKx+790
 冬だから、水を止められて枯れている噴水の近くに並べられた、所々塗装が剥げているベンチの真ん中に腰掛けて、その人は歌っていた。
 今でも忘れない。綺麗だと、言葉にも情緒にも乏しかった子供の心にも、ただその一言が浮かんで落ちたこと。
 それぐらいに、その人は綺麗だった。

 何が、と訊かれたら、今も昔も答えは変わらない。
 ――全部。
 子供心に、公園に来る人の顔や姿は大体覚えているから断言できた。この辺では絶対に見たことがない顔だ。私が知っている中では一番綺麗なお母さんより、幼稚園の中でも一際美人で男子たちの憧れの的だった年中組の先生より、ずっと綺麗な顔だった。

 もしこれがあのひとじゃなくて、よからぬことを企んでいる不審者とかだったら、私の人生はきっとあそこで終わっていたのかもしれない。
 だけど幸いなことに、あのひとは不審者や殺人鬼じゃなくて魔女だった。
 考えてみたら、同列に並べられそうな言葉だけれど、そこには決定的な違いがある。
 顔だけじゃない。まだその時の私にはわからなかった言葉を紡ぐ歌声も、そして、何より。

 じっと、砂場に転がる石の一つになったみたいに体育座りをして、私はそのひとの歌を聴いていた。歌わないからはっきりと聞こえる、子供たちの合唱とも呼べないような合唱も、教育テレビから流れる童謡も、たまにお母さんが確認する音楽番組で流れている流行の歌も、全部が全部大っ嫌いだったはずなのに、どうしてかそのひとの歌だけは、一秒たりとも聞き逃してはいけないと、子供心にそう思っていたことを覚えている。


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