53:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 18:30:32.49 ID:n4MKx+790
それが、愛でしょう。二人の歌姫に歌い継がれたナンバーの名前。
デビューしたての新人にはあまりにも荷が重いと、それどころか不遜でさえあると言われたって、何の文句も返せない。
だけど、歌いたかった。例え目の前にどれだけの大金を積まれた上で別な曲を歌ってくれと言われても、首を横に振るぐらいに、私の心はそれを求めていた。
正直なところ、デビューしたばかりのアイドルが何の歌を歌えるのかなんて訊かれたら、多分その答えは何も歌えないというのが正しいのだろう。
私より先に、恋を歌った子がいた。ポップでキュートな夢を歌った子がいた。だけどそれは完成形とはほど遠いものだと、何よりもその子たちがわかっているのだろう。そうじゃなければ、どこか悔しそうに唇を噛んで、レッスンルームにかじりつくようにしてボーカルの練習を重ねるはずがない。
だからまだ、恋の歌だって、夢の歌だって私はきっと歌えない。
恋から先にあるものが愛だというなら、きっと愛の歌だって私には歌えないはずだ。
それでも。
それでも、他の誰でもない私が持っているものがある。
本番前のカウントダウンをスタッフの人が読み上げる。一秒一秒が重く、遠くなっていくような緊張が、ぶるりと背筋を振るわせる。
大丈夫。何度もそうしてきたように、自分に小さく言い聞かせる。
そして、震える背中を後押しするように、私の肩にごつごつと骨張った感触と、三十六度の体温が触れた。行ってこいと、どこかでなんか失敗しても、俺がいるからと、私が緊張する度に、口癖のように繰り返してきたエールに代えて、プロデューサーの手が私を舞台へと送り出す。
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