十時愛梨「それが、愛でしょう」
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42:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 18:19:18.79 ID:n4MKx+790
『愛梨』
『なんですか、プロデューサーさん?』
『歌手路線で行くつもりはないか?』

 見なかったことにして、記憶の底に沈めていたものを引っ張り上げながら問いかける。

 ――愛梨ちゃん、絶対歌手路線でいった方がいいのになあ。

 愛梨がグラビア路線を歩み始めたのだと世間に周知された当初、ツイスタに寄せられていた意見の中にぽつりとこんな意見があった。それは誰の賛同も得られず、ぽつりと電子の海の中に融けて消えてしまったけれど、僕の記憶の片隅には、確かに引っかかっていた。
 愛梨は歌を歌わなくなったわけじゃない。今でもそれなりに歌番組に呼ばれることはあるし、歌唱力だってデビュー当時からは信じられないぐらいに上手くなったと、好評を博している。

 だとしても、十時愛梨といえば、というイメージを世間に問いかけたとき、歌、という言葉が返ってくる確率は低いだろう。
 博打だった。今のグラビアもバラエティもこなせて歌が上手いマルチタレントとしての十時愛梨というパブリックイメージを投げ捨てるのは、正直なところ勿体ないと、このままの路線を維持してバラエティ女優の道に進むことだってできるのに、ここにきてがらりとイメージ戦略を変えるのは愚策だと、そう言われても仕方ないのかもしれない。

 残念ながら、僕はその意見に対して、きちんとした理屈を立てて反論することはできなかった。はっきりいってこれは根拠のない無謀な賭けだ。今までの安定を投げ捨ててまで得られるリターンがあるかどうかさえわからない。
 それでも、確信だけは持ち合わせていた。

『はいっ! 私、歌いたいですっ!』

 示し合わせたように、愛梨は力強く、きっと、心の底からそう答えた。
 愛梨の歌を、もっと皆に聴いてほしい。あの歌声を、初めて聴いたときに、上手いとは決して思わなかったけれど、きっと何か、大きな事を成し遂げてくれるという予感と確信を抱かせてくれたこの声を、埋もれさせてしまいたくはない。

 きっと愛梨は何にだってなれるだろう。グラビアでだって天下を取った。バラエティの司会者として何年も看板番組を持ち続けている。時間はかかるかもしれないけど、ダンスで世界を目指せる可能性だって、あったはずだ。

 だから、どうしたいかを聞きたかった。愛梨は何になりたいのか。今どうしたいのか。
 ずっと、何よりも訊かなければいけなかったこと。それを取り戻すように、僕はその答えが形になるのを思い描く。

『なあ、愛梨』
『なんですか、プロデューサーさん』
『天海春香が歌ってた曲の名前、覚えてるか?』
『はい、覚えてますっ。えっと、確か――』


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