十時愛梨「それが、愛でしょう」
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4:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 17:40:46.82 ID:n4MKx+790
 じゃあ、楽しみだったんじゃないのかって考える。
 新しい場所に行くための卒園式。それは確かに、楽しみで、待ち遠しいことだった。
 だけどそれ以上に、卒園式を締めくくるのに欠かせない合唱がプログラムに含まれていること。それが、嫌で嫌で仕方なかったのだ。

 私が魔女に出会ったのは、住んでるマンションから、大人の足で大体徒歩一分もかからないぐらいところにある児童公園に、そんな憂鬱を抱えながら一人で歩いた土曜日のことだった。
 お父さんは休日出勤で、お母さんは内容こそなんだかよくわからないけど電話の応対をしていたから後で来る。そんな限定的な状況と、公園が住んでいるとこに近くて、ご近所さんやお隣さんもよく使っているから許された、限定的な一人でのお出かけ。
 普通、子供だったら興奮しそうなものだけれど、私のちっぽけな心は見上げる空とは正反対に、ぐちゃぐちゃの灰色で塗り潰されていた。

『――ちゃんは、どうしていつも、歌ってくれないの?』

 卒園式に向けて皆が最期の合唱の練習に励んでいる中で、私は頑なに歌わなかった。いつもリズムに合わせて、餌を貰うときの金魚みたいに口をぱくぱくとさせるだけ。
 いい加減卒園も間近だというのに、そんなことを繰り返していた私に業を煮やしていたのだろう。先生は、いつもよりも怒りの色を濃くして、そんなことを訊いてきたのを覚えている。
 答えはわかっていた。だけど、それを答えたところでどうにかなるものじゃないというのは、小さかった私には説明こそできないかもしれないけれど、心のどこかでは理解していたんだと思う。

 だから、黙り込んだ。答えられないし、できたとしても答えたくなかったから。
 歌うのが嫌で、歌わせようとしてくる先生も嫌いで、聞こえてくる歌なんてロックもポップも児童向けの合唱曲も、全部が全部大っ嫌いで。

 当然そんなこと、お父さんやお母さんに言えるはずもない。
 連絡帳にはばっちり書かれてしまったようだけど、唇を引き結んで黙りこくっている私に、お父さんもお母さんも何も訊いてこなかったのは、優しさなのか匙を投げていたのか。それについては今も、判断がつかない。

 でも。
 公園に足を踏み入れて、真っ先に聞こえてきたのは一つの歌だった。


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