十時愛梨「それが、愛でしょう」
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37:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 18:14:52.75 ID:n4MKx+790
 自然に、ハンドルを握る手に力がこもっていた。
 それはきっと、僕が抱いていた焦りと、無関係ではなかった。
 焦燥がちりちりと胸を焦がしていく錯覚がした。あと少しで、心臓が破裂して、内側から焼け死ぬんじゃないかなんて物騒な心配を抱いてしまうぐらいに、脈拍が上がっている。
 そして。

『どうしてかはわからないんです。でも、その歌を聴いてたら、私、いつのまにか泣いちゃってて』

 最初にも言ったんですけど、悲しいとか苦しいとか辛いとか、特別そういう何かがあったわけじゃなくて。灯火をそっと投げ込むように、愛梨は言葉を続けた。
 曰く、それで泣いている自分を見て天海春香は愛梨の相談に乗ってくれたのだという。

 ――悔しかった。

 その時に感じたことを言葉にするなら、その一言に尽きる。
 そうじゃなければ、情けなかった。別に、天海春香に何か嫉妬をしているわけじゃない。むしろ愛梨が抱えていた何かしらの悩みに対して力を貸してくれたのなら、そこに感謝こそしても、恨みや妬みを抱くのは筋違いだ。

 それでも、僕は天海春香が埠頭で歌っている姿は容易に想像できたのに、愛梨が泣いている姿をすぐには想像できなかった。
 それがただ、悔しくて、情けなくて、仕方がなかった。それは、今でもはっきりと思い出せる。

 いつだってにこやかに見える人間はいつだって笑っているわけじゃない。当たり前の理屈としてそんなことはわかっている。働きたくない、仕事をしたくないと公言しながら、誰よりも効率的に、言い換えるのなら熱心に双葉杏がそんな自分のキャラクターを理解した上でアイドル活動を続けているように、人間を切り取った一面だけで見るのは愚かなことだ。
 それを頭ではわかっていたはずなのに、僕はどこかで、愛梨はいつだって笑っているのだと、思い込んでいたのかもしれない。
 示し合わせるように、慌てて開け放った記憶の引き出しに収められている愛梨はどれも、にこやかに笑っているものばかりだった。中には怒って頬を膨らませる姿もあったけれど、泣いているのは、ありのままに涙を流している愛梨の姿は。
 ただ一つ、初代シンデレラガールとして、その戴冠式に臨んだ時のものしか、思い当たらなかった。


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