7:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/11(木) 19:43:20.31 ID:fM9nM/xA0
ああ、そうだ。
初めにそう言い出したのは、確か。
廊下に置かれている自販機に百円玉を二枚投じて、上段を彩るエナジードリンクのボタンを押す。その動作に十秒もかからないのも、一種の職業病というやつなのだろう。
「あっ、ちとせさんのプロデューサーさん。お疲れ様ですっ」
砂糖菓子の鈴を鳴らしたような声が耳朶を打ったのは、がこん、と音を立てて自販機から吐き出されたエナジードリンクを取り出そうとした、その時だった。
「十時さん」
「はいっ」
何の因果なのだろう。エナジードリンクをポケットにねじ込みながら向き直れば、そこにはLIVEバトル――平たくいえば、いわゆる対バンをアイドル同士のそれに置き換えた企画で、ちとせの戦いの相手に指名した、十時愛梨本人がにこにこと、いつも通りに人好きのする笑みを浮かべながら立っている姿がある。
アイドルだな、と、変な話だが、直感的にそう感じさせた。
十時さんは何もしていない。ただ、そこに立っているだけだ。
初代シンデレラガール。そんな肩書きが、少し遅れて脳裏をよぎる。
うちの事務所はメディア、とりわけ芸能関係に関しては業界最大手といって差し支えはない。実際、今も芸能の三大巨頭として、何となくめでたそうな名前をした同業他社や子供の頃によく映画を見ていた会社と張り合っている。
だが、それ故にアイドル部門への参入は極めて遅かったといってもいい。
元々、大正時代に華族が道楽で始めた歌劇団をルーツにする事務所なだけあって、うちはほんの数年前まで、ホームページを開いて所属タレントの項を漁ればリストアップされているのは大体がベテランの顔ぶれで、音楽部門のそれも大体同じな有様だった。
フォークソングが悪いとは言わない。ロックンロールとポップスのどっちが優れているとかでもない。ジャズや演歌、歌謡曲だって同じだし、何なら俺がプライベートで使っているスマートフォンのプレーヤーにはそういう曲も入っている。
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