周子「だから、あたしが逢いに往く」
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48:名無しNIPPER
2020/05/05(火) 20:34:40.34 ID:XnGtX3Tv0

 楓は避けるどころか飛びかかる周子に向かって迎え撃つように飛び出した。
 迫る黒炎に表情一つ変えることなく手を伸ばし、その手に触れると炎はたちまち雲散霧消した。
 それは防いでいるのではなく“無かったことにしている”かのように。

 何をされたかはわからないが、それでも狼狽える暇など無い。
 次は直接薙ぎ払うのみだ。周子はすかさず爪を振りかざす。
 その細身を異能に頼らず直接薙ぎ払う、その一撃を首元を狙いを定め振り下ろした。そのはずだった。

 膠着、或いは停止。
 周子の爪は楓の首元にあと数寸のところでその動きを止めた。
 楓を除きその場にいる者全員の目に驚愕と混乱の色が浮かぶ。当然攻撃を仕掛けた周子も例外ではない。
 爪どころか周子の全身があと一歩で楓を捉えるその位置で硬直していた。
 攻撃を躊躇ったつもりなど無い、怒りも敵意も健在だ。かと言ってその爪が何かに防がれ止められた感触も無い。
 目の前に盾らしきものは見当たらない。
 目に見えぬ盾もこの世に在ることは知っているがその類の感触も無い。

 そこに更なる混乱が周子に訪れる。体が人型に変わり始めたのだ。
 禍々しい巨躯はその勢いを潜め見る見るうちに縮んでいく。
 前脚だったものは腕となり、どす黒い毛皮は白を基調とした装束になり、牙と爪も引っ込み、人としての周子の姿が露となった。

 全くの未知、そして理不尽なほどの防御力。
 吐いた炎も振りかざした爪も通らぬ相手。
 かつてない混乱の中で無理矢理脳髄に喝を入れて次なる一手を絞り出そうとするが周子のそれよりも楓の方が早かった。

「あら……?話ができる妖の狐さんかと思いましたが……“そうなる”のならさっきのは本体じゃないんですね。その方が相手しやすくて助かります」

 そう言うと楓はいつの間にか取り出した脇差を周子の胸元に静かに突き立てた。

「がっ……!」

 数千年の生を持つ神代の末期からの大妖怪。
 その胸元をたった一本のありきたりの刃物が貫いていく。
 静かながら逃れようのない異物感。装束と肺を染め上げる血潮。
 熱い。
 苦しい。
 息が、意識が、閉ざされていく。

 本来周子はこの姿だとしてもその根源は妖であることには変わりなく、本物の人間に比べれば桁外れの肉体的強度を有している。
 心臓が破られ肺が潰されようとその場で即座に息絶えなどしない
 。逃げ延び安静にして力を蓄えれば十分に治癒しうるのだ。
 だが、何かがおかしい。その違和感に気付いた時にはもう遅かった。
 楓が周子の胸元から脇差を引き抜く、その刀身を目の端で捉えた今やっと理解した。
 刃に何かが仕込まれていたのだ。それは毒……或いは薬……

「流石は天才ですね、効くどころかこんなに早いなんて」

 それはこの都に生まれた一人の異端児、周子や楓とはまた異なる道の規格外、とある少女の自信作。
 突き刺した刃から流れ込んだその毒薬は妖が相手だろうがお構いなしに急速にその意識を奪い取る。
 その上で人の赤子相手だとしても命を取らぬと言うのだから全く訳が分からない。
 その少女が楓との約束の際に手渡したそれは狙い通りに周子の全身を駆け巡り、そして。

 周子の意識はそこで暗転する。

「さあ皆さん、志希ちゃんの工房に“これ”を運んでくださいますか?」

 見守るだけだった取り巻きの兵達がぞろぞろと集まってくる。
 初めからそうなることが分かっていたかのように用意されていた担架に周子を載せると術の縄で担架ごと全身をぐるぐると巻いていく。

「楓様……本当によろしいのですか?」

 頭痛からやっと回復した茄子が楓に尋ねる。

「えぇ、そういう約束ですから。それよりもお怪我はありませんか?」

 楓は優しく微笑むと茄子に肩を貸す。
 立場上そう易々と臣下に直接手を貸すことは躊躇われることが他国の常識だが(本来はこの国もそうであるはずなのだが)
 楓はそういったことに関して無頓着であった。
 それは無意識か、或いは意図的かは誰の知るところでもないがそんな楓を民は慕っていた。
 畏れ多いと感じながらも肩を借りる茄子も、少し離れて見つめる心も、命を落とすことを前提とした巫女の運命を受け入れた紗枝ですら。
 たった一人を除いて。

 楓も、臣下も、誰もそのたった一人に気付かなかったのだ。





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