9:2/27 ◆KSxAlUhV7DPw[sage]
2020/02/04(火) 19:36:00.59 ID:ldlfMP+C0
遅れて医務室に入るなり、血色が少し良くなったように見えるちとせは一見何でもなさそうだ。話によると軽い貧血を起こしたらしく、休んだおかげでもう起き上がっていても平気だとか。
しかしこの調子が続くようでは――と思案するまでもなく、千夜が何かを言いかける。
「お嬢さま……」
「そんな顔しないで。今日はたまたま倒れちゃったけど、気持ちよく歌えたし、身体も少し動かせて私は楽しかったよ。千夜ちゃんは?」
「私は、その……わかりません」
「そっか。もっと面白くなるように魔法使いさんにお願いしないとね♪」
アイドルをする以上、歌と踊りがついて回ることはちとせも知っている。それでも前向きに楽しもうとしている姿は、どこか儚げに映った。
一方、千夜からはレッスンをこなす上での感情が読み取れない。楽しいのか、つまらないのか、それすらも無くただ言われるがままやらされている。ちとせが倒れてからはさらにそんな調子だった。
どう声を掛けたものか、とにかく見守っていた立場としての務めだけは果たさなければ。プロデューサーは今日のレッスン光景を思い出す。
「えっと……ちとせ。さっきは綺麗な歌声だった、もっと聴いていたくなったよ」
「そう? 歌でも魔法使いさんを魅了しちゃったかな。ふふっ」
「千夜もそう思うだろう?」
「お嬢さまならそれくらいは当然です。無論私も、お嬢さまの歌声は美しいと思います」
「千夜の歌声だって、俺は好きだぞ」
「……は?」
ちとせに掛かりきりになっていた千夜がようやくこちらを向いた。何を言い出すんだこいつは、とでも言いたげだ。
「いや、は? じゃなくて。そりゃ感情の欠片も歌声に乗ってなかったけど、この声が気持ちを乗せていけたらどうなるか、俺は気になったけどな」
「あ、私も私も。千夜ちゃんの歌声なんて滅多に聴けないもん、なんだか得しちゃった」
「お嬢さままで……ああ、これがお世辞というやつなのですね。褒めるなら私でなくお嬢さまを褒め称えなさい」
「そんなことないのにー。ねぇ魔法使いさん、千夜ちゃん可愛かったでしょう?」
「それは……まだ判断材料が不足してるかな。もっといろいろ見せてもらわないと。あ、でもダンスは良かったぞ。確かに運動神経は良さそうだ」
「ほらほら千夜ちゃん、褒められてるよ♪」
「はぁ。好きにしてください。お前、私はいいからお嬢さまのことで他に何かないのですか?」
煩わしそうにしつつも、ちとせのことを聞いてくるあたりプロデューサーとしての意見を求めてきている。従者としてもやはり主人の評価は気になるのだろう。
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