63:16/27 ◆KSxAlUhV7DPw[sage]
2020/02/04(火) 20:37:51.48 ID:ldlfMP+C0
メインステージも大盛況となり、大きな余韻を残しながらアニバーサリーイベントは幕を閉じた。
軽く挨拶回りをし――アイドルを引き継いでもらっている同僚には何度も頭を下げつつ――今は選抜メンバーの販売ブースのあった付近でベンチに座っている。
出店が飲食物中心だったせいか、少しだけ散乱していたプラスチック容器のゴミがイベントの終わりを告げているようで、哀愁が漂っていた。
ぼんやりと一日を振り返る。かつて受け持っていたアイドルも、今をついてきてくれるアイドルも、そうでないアイドルも含めてみんなが輝いていた。何度でも胸がいっぱいになる。
しかしぼちぼちイベント会場から出ていかなくてはならない。事務所に戻ろうとベンチから腰を上げたタイミングで、千夜からメールの着信が入った。
「そこで待て、か。何だろう、勝手に帰るなって意味? それともどこかで見てるのか……?」
疲れているだろうし、話なら明日にでも聞くから早く帰って休むように。また寝坊するぞ
と打ち込んで返事を送信したところで、何やら2人分の呼び声が聞こえてくる。
何事かと携帯電話のディスプレイから目を離すと、美嘉とアナスタシアが小走りに近寄ってきていた。
美嘉とは休憩コーナーでばったり、アナスタシアは女子寮住まいだが仕事が重なっていたため、先日の千夜の協力者として顔を見せたのが、担当を外れてから最初の顔合わせであった。アナスタシアに至ってはろくに話も出来ていないままだ。
……思えば、会わないようにしていた人に会っているのだから、千夜に拉致された意味は半分以上失われている。だがあの時のアナスタシアの笑顔を見て、少しだけ救われたような気がしたのは事実だった。
疲れているだろうに、肩で息をしてでも会いに来てくれた2人の呼吸が落ち着くのを待つ。千夜のそこで待てとは、こういう事だったらしい。
千夜はわざと美嘉やアナスタシアに接触させてきたのだ。そしてそれは単なる嫌がらせなどではなく、彼女たちとプロデューサーを思ってのことに違いない。
いつの間にか、彼女たちの前でも心がほんの僅かに軽くなっている。
「……ふぅ。今日ぐらい……いいよね? ていうかそのケータイまだ使えるんだ、自分の分くらい機種変えなよー」
「アーニャはこれ、好きでしたよ? プロデューサーと、みんなとだけお話しできる、魔法が掛かってますね」
「いや、それアドレス帳……まいっか。アタシもなんだかんだ気に入ってたしね★ 時代に取り残されてる感じが、なーんかかわいいっていうか?」
「……好き放題言ってくれるなあ。いいだろ、安かったし」
「値段だったの!? もっとこう、こだわりみたいなのがあると思ってたのに!」
「カメラ、上手く写りません……。プロデューサーは写真、あまり好きじゃないですね?」
「手振れ補正とか無いからなあこれ。俺は一般人だから、万が一にも映り込むわけにいかないの。知ってるぞー美嘉、寝落ちしてた俺をそれで撮ろうとしたの。というか撮ったの」
「げっ、バレてたかぁ……いいじゃん! 結局起きちゃって何写ってるかわかんないからデータ消したし!」
「綺麗に撮れてても消させてたよ。……えっと、今日はお疲れ様でした」
雑談にゆっくりと花を咲かせてもいられない状況なので、この辺りで切り替える。
美嘉とアナスタシアがわざわざ顔を見せに来た理由はわかっていた。イベントが終わった直後なのだ、気付かない方がおかしい。
自分たちの機会を振ってまで千夜は2人を送り寄越してくれたのだ、感謝しなければ。
「プロデューサー」
切り出したのはアナスタシアの方だった。いつも純粋で真っ直ぐな瞳が、何かを期待するように言った。
「私たちの、今日のステージ……どうでした?」
アナスタシアも美嘉も、プロデューサーの言葉を待っている。いくら手応えを感じ、一点の陰りも無い舞台を演じられたつもりになれたとしても。
そんな2人に、今は自分のもとを離れた星々に、プロデューサーは万感の思いを込めて素直な感想を述べる。
「……最高だった!」
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