白雪千夜「私の魔法使い」
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36: ◆KSxAlUhV7DPw[sage]
2020/02/04(火) 20:08:13.91 ID:ldlfMP+C0
9.5/27



「お嬢さまのようにはいかない、か」

 私にお嬢さまほどの眼力があれば、あいつの心の内を読むことが出来たのだろうか。
 鎌を掛けたに過ぎない私の行動から得られたのは、たった一つだけ。それも求めていたものとは程遠いものだ。

「……。あの目は……」

 私の身の上の事情を知る人間は多くないが、そのほとんどは私に憐れみや同情の目を向けた。それ自体は何ら変わったことではないし、慣れてしまえば煩わしいとも思わなくなった。

 そうでなく、私の過去よりも現在、未来を見据えて関わり合おうとしてくれる黒埼家の方々、特にお嬢さまからは毎日送られる温かな眼差しに私は救われてきた。

 これで2度目だ。あいつと合わせた目から感じ取れたのは、私の――私との現在や未来を思い描いているもの。温かみのあるものだった。
 あの者と話している時の居心地は、そんなに悪くない。変わったやつだと思う。

 アイドルとはあの者にとっての商売道具、そう割り切ってしまえば、その手で育んだ光から逃げ出すこともなかったろうに。
 ……いや、だからこそあの者を信じ、輝きを得られた者がいるのか。変わっているから、成し得ることもある。

「はぁ。何を考えてるんだ、これではまるで私まで……」

 染まり切るには少し早い。あいつの言ったように、舞台の幕はこれから上がるのだ。

 もしそこから私とお嬢さまの、そしてあいつを交えた新たな物語が始まるのなら。どうせなら夜が更けても次のページをめくる手が止まらなくなるような、そんなものであればいい。

 お嬢さまもそう望んでくださるようになれば、そろそろあいつを魔法使いと認めてやってもいい頃合い、だろうか。

 頭を整理していると、お嬢さまの待つ家へ帰り着いた。手には今晩と明日の朝に使う食材と、あの不細工な人形。

「ただいま戻りました」

「お帰りなさーい。結構遅かったね、何かあった?」

 リビングでくつろいでいたのか、すぐに反応が返ってきた。まずいな……。
 いつも利用している店では誤魔化しようがなかった。なので新しいレシピを取り入れがてら良い食材を求めて遠出していた、これならお嬢さまも納得するシナリオだろう。

 お嬢さまのために料理をする時間は数少ない私の楽しみの一つだ。決して不細工な人形を手にしてしまった言い訳のためではない。

……不細工のくせに、あいつの下手なまやかしが意外と通じそうな程度に世間で流通していたことには驚かされたが。どういう層にあの不細工は受けているのやら。

「新しいレシピを試すため、せっかくなので遠出してみました。運悪く、余計なものがついてきてしまいましたが」

 隠して見つかるよりは後々やりやすい。食材をひとまずキッチンに置いて、残った不細工な人形をご覧に入れる。
 やはりというか、お嬢さまもコメントしづらそうだ。朝一番に捨ててこよう。

「千夜ちゃんそれ……捨てようとか思ってない?」

「え? あ、いえ、この家にこのようなものは浮いてしまいますから」

 相変わらず抜け目のないお嬢さまから不意打ちを受ける。どこまで見通してしまうのか、我が主ながら空恐ろしくもある。

「いいじゃない、誰かをここへ招くでもなし。よく見るとこれはこれで愛嬌あるし? ……あっ、今度」

「それはおやめください」

「あーん、まだ何も言ってないのに。ふふっ、誰にも見つからないところに置いておかないとね」

 遠くない将来、あいつがここへ来るのを覚悟しておかなければならなくなった。
 八つ当たりではないが、人形を掴む手につい力が入っていく。

「わあっ、すごい顔になってるよその子!? あは、あははは♪」

 ……どうにもこの笑顔には弱い。
 お嬢さまの笑顔に免じて、捨てるのだけは勘弁してやろう。不細工め、なかなかやるじゃないか。お嬢さまもお前に愛嬌があると思ってくださっているし、温情を与えてやるとする。

「では、例の服に着替えてきます。食事の準備を始めますね」

「お願いね♪ 千夜ちゃんの新しい料理、楽しみだなぁ」

 手袋を外して手を洗い、一度人形と共に自室へ戻る。何もなかったはずの部屋にこうも次々と物が増えることになるとは。
 間違いなくこれはあいつのせいだ。少しずつ、何かが変化してきている。

 それは私だけではなく、お嬢さまも、きっと。

 昨日よりも今日、今日よりも明日が楽しいものになればいい。
 お嬢さまは今この瞬間ばかりを楽しむことに人生を注ぎ込もうとするが、私はそう願うようになってきていた。



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