4: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 23:01:42.86 ID:rNK9Zl/t0
目線を合わせるようにしてもう一度言葉をかける。
少し驚いた様子の表情を見て、僕は彼女の顔をもっと近くで見たかったのかもしれないという、恥ずかしい願望を自覚した。
もっとも、威勢なんてものはそこまでだ。
初対面の相手に何言ってるんだとか、自分まで道端に座り込むなんてとか、客観的に見ておかしなことをしている自分を責め立てるような言葉が膨れ上がる。
「…………」
「…………」
彼女からは無言と視線が返ってきて、僕は僕で今更それを逸らせない。
見定められているような居心地悪さと、見とれてしまいそうで目を合わせていられなくなるような感覚に身じろぎした。
引くにも引けず、僕にはこんな所業どだい無理だったのだと後悔するには十分な時間が流れて。
「……おかしな、ひとですね」
「っ……す、すみません。僕、お酒入っちゃってて、こんなこと」
彼女の口からこぼれ落ちた言葉に、僕はもう大慌てだった。
思いつく限りの予防線のうち、妥当そうなものを取捨選択して言い訳を仕立て上げる。
しどろもどろになる僕に、彼女は申し訳なさそうな表情を見せた。
「その……悪い意味ではなくって。百面相みたいで、こちらが落ち着いてしまって……あ、失礼、でしたね……」
「あ、ああ……よかったです」
何がよかったのかもよくわからないけど、少なくとも拒否されたわけではなさそうで安心する。
目の前の女性が放つ恐縮のオーラは強まるばかりだけど。
「と、とにかく! 僕はこの通り酔ってますから、たぶん何を聞いても忘れると思います。なので、サボテンにでも話しかける気持ちで!」
「サボテン……家でも、育ててました。さすがに、話しかけたことは……」
「そ、そうですか。それだと、あんまり話しやすくは……ならないですよね」
「いえ、そんなことは。……ただ、ちゃんと世話をしてあげられなくて、枯らしてしまったものですから。同僚から、水をあげた方がいいとか、あげない方がいいとか……アドバイスされるまま、どっちつかずになってしまって」
「それは、また……」
話題選びどころか物の例えひとつで地雷を引いたらしい。自分の運のなさを嘆くばかりだ。
彼女の表情はまたしても曇って、どこか遠くを見るような目つきになる。
「すみません、こんな話……。でも、私に構っていても、ずっとこんな話ばかりですよ?楽しくは、ないかと……」
彼女はそう言うけれど、気遣われているようで、遠ざけられているようにも感じた。
それを少しばかりしゃくに思うのも、ならば少し困らせてみようかと思ってしまうのも、多分、子供じみた……いや、やめよう。
「じゃあ、明るい話がひとつ聞けるまで、ここにいます」
「えぇっ……? でも、ご迷惑をおかけしてしまいます。私、そういう話は本当に、何もできませんから……」
「愚痴でも恨み言でも、聞きますから。吐き出しきったら何か一つくらい思いつくかも」
「…………ええと」
彼女は無言と視線を僕に向ける。さっきと同じように、だけどさっきと違って伺うような上目遣いで。
今度ばかりは目を合わせていられず、咳き込むふりをしてごまかす羽目になった。
やがてぽつりぽつりと語られた言葉を聞くには、会社の人間関係が上手くいってないらしい。
それに引っ張られて、仕事もプライベートも充実したものとは言えなくなっているのだとか。
「私、嫌なことがあると、これで最後だって思うようにしてるんです。こんな思いをするのはこれっきり。だから、今は我慢しようって」
「心の整理、ってやつですか」
僕がそう言うと、彼女は口元に指をあてて少し考えるような様子を見せる。些細なしぐさだけど、絵になっていた。
「そういうもの、だと思います。でもそれって、自分に言い訳をしているだけで、何も変わってないですよね。だから、何度だって嫌なことは起きました。……今日も、そんな中のひとつです」
「じゃあ、街中でこうしているのも……?」
「……いつもなら、流石にそこまでは。重なったからか、何かが決壊してしまったのか……今日は、もう立って歩くことすらつらくって」
「なるほど、心中お察しします……くらいしか言えないですが」
「いいえ。……あ」
彼女は何事か気づいたかのように小さく声をこぼすと、それきり黙り込んでしまった。
何かまた地雷を踏んだかと会話を思い返してみるけれど、自分が気の利いたことなんてロクに言えてないと気づくだけだ。
聞き役に徹していただけに、向こうが何も話さなくなってしまうとできることがない。話の続きを促すタイミングを伺っているうちに、余計話しかけづらくなっていった。
せめてそわそわとして見えないよう気をつけながら……といっても、何を気をつければいいのかもわかっていないのだけど、とにかく彼女の次の言葉を待つ。
「……思いついたかも、しれません。明るい話。聞いて、いただけますか?」
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