3: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2019/08/19(月) 22:58:38.14 ID:rNK9Zl/t0
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先輩との飲み会帰りのことだった。
担当アイドルが決まらない僕に業を煮やした先輩によるイジリが八割、疲れるがそれはそれで楽しかったと言えなくもない飲みだったと思う。
素面じゃ答えられないプライベートなことまで根掘り葉掘り聞き出そうとするものだから、つい飲みすぎてしまった。
いや、酔わせて聞き出そうとされた、の方が正しいか。
ともかく、先輩から一刻も早く逃げたかったのもあって、僕は酔い覚ましに一駅分歩くことにした。
おぼつかない足取りと、宙に舞う思考を押さえつけながら歩く道すがらに、彼女はいた。
「……あ。すみません……」
後ろで結んだ髪をほんの少しほつれさせた女性が、ガードレールに背を預け、体育座りのような姿で道端に座り込んでいた。
ぱっと見成人はしている印象で、少なくとも家出少女などではないように見えた。
通行人である僕の邪魔になると感じたのか、彼女はやや伸ばし気味だった脚をぎゅっと折り曲げ、両腕で抱え込むようにする。
かすかに届いた声は耳に心地よいものだったけど、ひどく疲れていた。
「あの、どうかしたんですか」
酔いと、先輩から何度も聞かされた「どこにアイドルの原石が埋まってるかなんてわからねぇんだからさ、アンテナ張っとけよ」という言葉が、僕に声をかけさせたのだと思う。
普段から道行く女性に話しかけられるほどの度胸は、僕にはない。
彼女は顔を上げると「いえ……お構いなく」と小さくこぼした。
影になってよく見えていなかった物憂げな表情に、薄幸の美人という言葉が頭をよぎる。
目が合って、どきりとした。
声も、姿も、とても綺麗だというのにどこかやつれているように思えて、気にかかる。
「どこか痛めたとか……あっ、気分が悪いとか。水か何か、買ってきましょうか?」
「本当に、結構ですから……。私、どこも痛くないですし、体調も……大丈夫です」
「それじゃあまた、どうして……」
「…………」
僕の疑問には答えないまま、彼女は再度目を伏せる。
けれどこちらへ意識を向けてはいるようで、話は終わりだ、放っておいてくれというような気配とはまた違って見えた。
……僕の勘違いでなければ。
座り込んでいる彼女と、立ったままで話そうとしている自分の姿がちぐはぐで、違和感を覚える。
立ち去るか、親身になるか、そのどちらかを選ばなくちゃならないような気がした。
勇気と呼べるだけのものをけっこう豪勢に使って、僕はぎこちなくしゃがみ込む。
「話とか、聞きますよ。……あ、ご迷惑でなければ」
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