双葉杏「透明のプリズム」
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17: ◆YF8GfXUcn3pJ[saga]
2019/08/18(日) 02:11:14.95 ID:OJA0wgUK0


その日の仕事はラジオの収録のみで、午後には事務所から帰宅できるとのことだった。
ラジオの収録のみとは言うけれど、宣伝を念頭に入れてのトークは精神力を使うものなのである。
――宣伝というのは私のCDの宣伝だ。
この頃はCDの収録や宣伝でスケジュール帳が真っ黒になっていて、アイドル辞めてやろうかと真剣に考えた覚えすらある。

しかし、貴重な休みを手に入れたところで、あくまで私は私だ。
この日の午後は目いっぱい家でだらだらしよう、と決意した。
出来るだけ早く家に送ってもらうよう懇願し、私は悲願の午後休を手に入れたのである。

ラジオの収録スタジオから事務所へと車に揺られる。
新しいプロデューサーは今日も私に飴をくれた。

それはメロンソーダ味の飴だった。
口に放り込んで、舌の上で転がす。
炭酸の弾けるような刺激は、不思議と苦痛じゃない。
メロンソーダの爽やかな香りが鼻を通り抜け、砂糖の甘味が私の頭を支配する。
……今日の飴も美味しい。
パッケージに描かれたメロンソーダを見る。


――よく思い出せたものだ、と思う。
私はしばらく記憶の奥底で眠っていた、緑色の空のことを思い出していた。
すっかり忘れていた。
裏を返せば、私はそれだけ忙しかったのだ。

プロデューサーがあのなぞなぞを私に出してから、一ヶ月が経過した計算になる。
時間的にも質的にも、当時の生活と今の生活は遠く離れている。
――ずっと、プロデューサーが私を担当し続ける。
そんな青写真を当然のものとして心に仕舞い込んでいた一ヶ月前の私と、現実を知った私。
二人の双葉杏は、あまりに隔たっていた。


「あのさ」


バックミラー越しに彼と目が合う。
彼の眼は驚きを湛えていた。
思えば、私から話しかけることは少なかったから、彼が驚くのも無理からぬことだった。
車はちょうど赤信号に捕まって、ゆるやかな減速の後に停止した。




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