176: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/05/08(金) 21:45:50.32 ID:9DhA16vx0
伸ばした手に、何かが触れた。
このみがはっとして意識を戻すと、そこは劇場の事務室だった。
左手の感覚は、思い違いではなかった。
177: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/05/08(金) 21:46:25.80 ID:9DhA16vx0
「このみさん。」
彼は、手を握ったままこのみを見つめて、一言、そう言った。
このみは、ただそれだけで、冷えきった左手が暖かくなるのを感じた。
178: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/05/08(金) 21:54:39.64 ID:9DhA16vx0
自分の居なくなった世界が、それまでと同じように、淀みなく回り続けるのが嫌だ。
それは嫉妬にも独占欲にも似た感情だった。
自身の中にこんな下卑た気持ちがあったのかと、このみは心底思わされた。
179: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/05/08(金) 21:56:54.25 ID:9DhA16vx0
もう一度だけ、手がぎゅっと強く握られた。
このみがそれに気がついて目を向けようとしたとき、また顔が下を向いてしまっていたのだと自覚した。
このみが顔を上げると、彼と目が合った。
180: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/05/08(金) 21:57:44.26 ID:9DhA16vx0
彼は小さく深呼吸してから、このみの目をじっと見つめたままで、口を開いた。
「……俺は、あなたのプロデューサーです。
あなたをトップアイドルにすることが、俺の夢です。
181: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/05/08(金) 21:58:26.38 ID:9DhA16vx0
>>180 訂正
彼は小さく深呼吸してから、このみの目をじっと見つめたままで、口を開いた。
「……俺は、あなたのプロデューサーです。
182: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/05/08(金) 21:59:43.74 ID:9DhA16vx0
夢──。
子どもだった頃は、たくさん夢があった。
テレビを見て影響されて、その度に何々になりたい、だなんて。
そうやって、いつも母に言いに行ったりしていたらしい。
183: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/05/08(金) 22:00:24.25 ID:9DhA16vx0
周りのみんなが大人になっていくように、私も大人になった。
普通の人生のなかで、ささやかな幸せを見つけて。
そうやって生きていくものだと思っていた。
だから、大人になった私は、きっとあの日まで夢を見てこなかったんだと思う。
184: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/05/08(金) 22:00:50.73 ID:9DhA16vx0
今振り返れば、アイドルになってから本当に色々なことがあった。
スパイのエージェントとして、迫りくる罠たちを、力を合わせて突破したこともあった。
「屋根裏の道化師」のときみたいに、演技で表現するような仕事も、最近は少しずつ増えてきた。
185: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/05/08(金) 22:01:55.24 ID:9DhA16vx0
以前の自分では気づかなかったことが沢山あって、今の自分だから分かったことがある。
『私はひとりじゃない』。
186: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/05/08(金) 22:02:46.13 ID:9DhA16vx0
不安を抱えたままこの世界に飛び込んで、たった一筋の光に出会えた日のことを今でも鮮明に覚えている。
輝いた舞台に立てるのならば、あの景色をもう一度見れるのならばと、どれだけ苦しくても諦めずにいられた。
少しずつでも進んでこられたのは、あの抱いた憧れが胸の中にあったからだった。
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