156: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/03/11(水) 01:36:01.25 ID:8BkDB5Im0
最後に、目についたテレビの前のローテーブルも拭いておくことにした。
テーブルの上の、未整理のままになった書類やチラシ類を一旦移してから、このみは台拭きに手をかけた。
腰を下ろしてテーブルを端から拭いていたこのみだったが、そのとき、部屋の外から足音が微かに聞こえた気がした。
157: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/03/11(水) 01:36:50.74 ID:8BkDB5Im0
このみは、彼が此処に戻ってくることを知っていた。
このみは腰を下ろしたままで、扉を開けた彼を見上げていた。
そのとき、自然と二人は目があった。
スーツを着た男性は、優しい目をしていて、このみを見つめていた。
158: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/04/10(金) 00:26:26.21 ID:VqwG9xH+0
彼は、自身の机に持っていた鞄を置いて、少しだけネクタイを緩めた。
「プロデューサーはまだこの後残ってくの?」
159: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/04/10(金) 00:41:15.02 ID:VqwG9xH+0
このみは麦茶の入ったグラスを2つ用意して、ローテーブルに向かいながら彼にアイコンタクトをした。
彼の方も、すぐ行きますよ、といったように手で合図をした。
鞄を置いてから、彼は事務机が並んだスペースから抜け出して、このみの元へ向かった。
160: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/04/10(金) 00:41:49.25 ID:VqwG9xH+0
このみが件のオーディション資料を受け取ったのは、丁度一週間前のことだった。
それから、このみは仕事の合間の時間を縫うようにして、今回の役を理解するために資料を読み込んでいった。
普段のこのみであれば、それでも十二分に準備をしてオーディションに臨むことができただろう。
しかし、今回の役だけは、このままでは後から後悔するかもしれない、とこのみは思った。
161: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/04/10(金) 00:43:30.84 ID:VqwG9xH+0
彼はこのみの向かいに腰掛けてから、グラスの中身を一口含んだ。
少しだけ間を開けて、表情を引き締めてから、このみに尋ねた。
「それで……なにか収穫はありましたか?」
162: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/04/10(金) 01:05:17.73 ID:VqwG9xH+0
「あ、念のためオーディションのことについて確認なんですが……。」
彼はスーツの内側から手帳を取り出して、しおり紐の挟まれたページからぱらぱらと何枚かめくる。
目的のページを見つけたところで、彼は顔を上げた。
163: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/04/10(金) 01:10:00.82 ID:VqwG9xH+0
「プロデューサー。その……。」
このみは、自分の中にある気持ちを言い表す言葉を探すようにして、ゆっくりと言葉を紡いだ。
164: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/04/10(金) 01:11:20.82 ID:VqwG9xH+0
「そう、なのね。」
自身の意識の中へ潜りながら、このみはそう返事した。
それは、暗闇の中手探りで失せ物を探すかのようだった。
165: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/04/10(金) 01:12:08.44 ID:VqwG9xH+0
このみは、彼が自身の声をいつだって受け止めてくれることを知っていた。
殆ど呟くような声だったが、それは未だに不安も迷いも抱えたままであることを物語っていた。
そしてこのみは一呼吸ほどの間の後、彼に尋ねた。
166: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/04/10(金) 01:12:56.66 ID:VqwG9xH+0
このみはその言葉を聞いても、表情は変わらないままだった。
彼は手に持ったままのグラスに目を向け、続けて言う。
「もちろんギリギリまで並行してアイドルの仕事もする、ということが出来ないわけではないですが……。」
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