エミリーが忘れた日
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21: ◆AsngP.wJbI[saga]
2019/06/10(月) 20:44:27.45 ID:9pdDfgPfo
 


翌朝劇場へ立ち寄って貼り紙を終え、数日前にエミリーを診てもらった医者を訪ねた。

「私も、あれから色々と考えていたんです」

近況をできるだけ細かく報告すると、先生は何かを考え込みながらエミリーのカルテらしきものを引っ張り出して眺めはじめた。

「健忘──いわゆる“記憶喪失”というのは正直なところ、我々にもまだ分からない事が多いんです。
 しかし通常患者さんがショックで何かを思い出せないときには、よく“記憶の紐付け”を利用します」
「“紐付け”?」
「エピソード記憶、意味記憶、手続き記憶。 こういった記憶の分類について聞いたことがあるかも知れませんね」

先生がカルテを置いてこちらへ向きなおした。

「モノを覚えて知識として身につくのは“意味記憶”です──今回のように日本語の知識を忘れたとなればこれに当たるでしょうね──
 大体の場合このときに『どんな場所で、何をしながら覚えた』というエピソード記憶が付随してくるものです。
 それが特殊なエピソードであればあるほど、付随する記憶が強まります。
 こうなると思い出せなくなった記憶でも、強烈に残ったエピソード記憶から手繰り寄せるようにまた思い出すことができるものです」
「はぁ……」

思わずぼんやりした返事を返してしまう。

「エピソード記憶だけでなく、手続き記憶との紐付けもありますよ。
 学校の勉強などでは漢字や単語の書き取りを何度もしたりするでしょう?
 あれは手で覚えた書き順や綴りを、意味記憶と紐付けて思い出せるようにする工夫です」

なるほど、そう言われると合点がいく。

「経験あります、それ」
「ですからスチュアートさんの場合、 歌の歌詞の日本語を思い出すのは比較的容易かと。
 踊りながら歌うのであれば、振り付けという手続き記憶が紐づいているはずです。
 あとは、練習のときのエピソード記憶……きっかけは多いんじゃないでしょうか。 効果的だと思いますよ」


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