水本ゆかり「維納に奏でる」
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21: ◆XUWJiU1Fxs
2019/04/25(木) 00:39:35.80 ID:cgXM4cARO
 パカラ、パカラ。蹄を鳴らしながら白馬は街中を我が物顔で練り歩く。通常の車よりも高い目線になる馬車はビルの二階の窓くらいの高さがあり、ちょっとした王様気分が味わえていた。

「カボチャの馬車ならシンデレラだったんだけどなぁ」

 オーストリアに来たのは撮影とライブのためだけど、それ以外は自由に観光する時間かある。レストランの食事を終えた俺たちはまず、ゆかりの希望でフィアカーで街中を巡ることにした。
ホテルから少し歩く必要があったが、ペーター教会前の停留所で待機していたフィアカーを捕まえることができた。御者さんはドイツ語だけでなく英語もわかるようなので、ドイツ語よりかは
マシだけどそれでもぎこちない英語でお任せルートを歩いて欲しいと伝えると意味合いはわかってくれたようだ。

「こうやってモーツァルトもショパンもこの音に耳を傾けていたのでしょうか?」

「かも、知れないな」

 馬車の揺れを感じながらあえて目を閉じて蹄が奏でるリズムに聴き入る。偉大なる音楽家たちだけじゃない。栄華を極めたハプスブルク家の皇帝たちも、
名もなき市民たちも長い歴史の中この街で過ごして来た。どんどん便利になっていく現代において、当時の雰囲気をそのまま残したウィーンの雄大さが骨身に染み渡る。
きっとゆかりも同じことを感じているはずだ。この街と日本を繋げる大役を託された彼女のプレッシャーは想像以上のものだろう。観光を楽しむ一方で、大きな責任を抱いていることを強く思わざるを得なかった。

「〜〜」

 御者さんは時折英語でガイドを入れてくれる。全部が全部理解できたわけじゃないけども、なんとなくのニュアンスは伝わったのでそれを再翻訳してゆかりに話す。きちんと英語の授業を受けていて良かったと今日ほど思う日はないだろうな。

「わぁ……」

 喧騒から離れ静かな裏道を抜けるとウィーンのシンボルと名高いシュテファン大聖堂が威風堂々と俺たちを迎え入れてくれた。モーツァルトが挙式を挙げ、
そして葬儀を執り行った歴史ある大聖堂は今日も多くの観光客が訪れている。異国の旅人を優しくも厳かに歓迎しているようだ。ゆかりも偉大なる作曲家の息吹をその身に感じているのか、無言で大聖堂を見つめている。

「モーツァルトは」

「ん?」

「フルートが嫌いだった、という話を聞いたことがあります」

 大聖堂を通り過ぎて少しした頃、ゆかりが不意にそんなことを話し始めた。


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