【モバマス】水曜日の午後には、温かいお茶を淹れて
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6: ◆Z5wk4/jklI[sage saga]
2018/12/04(火) 21:47:50.12 ID:gOTfw+RA0
「えっと、はぁとさん、よかったらどうぞ」
私はうなだれるはぁとさんに、背もたれのあるパイプ椅子に座るよう促した。
「夕美ちゃん、ありがと……沁みるぞ☆」
はぁとさんは燃え尽きたボクサーみたいにぐったりと椅子にもたれかかった。
「あの、お茶、私が淹れますよ!」
ガスコンロでお湯を沸かしているプロデューサーさんのところへ美穂ちゃんがかけていく。
「いえいえ、これは私がやります。初めてのお客さんのおもてなしですから、やらせてください。みなさんは座って」
プロデューサーさん穏やかに言われて、美穂ちゃんはありがとうございますとお礼を言って、椅子に座った。
マキノちゃんもしばらく部屋を眺めていたけれど、やがて椅子のうちのひとつに座った。
電気ケトルがぽこぽこと音を立てて、プロデューサーさんは用意した五人分の湯のみにお湯を入れて湯のみを温める。上品な見た目の急須に茶葉を入れてから、すこし時間を置いて、湯のみのお湯を急須へ。またすこし時間を置いて、手慣れたしぐさで五人分のお茶を淹れて、私たちそれぞれに湯のみを渡してくれた。その仕草は流れるように美しくて、プロデューサーさんがスーツを着ているせいか、私たちのいる場所は警備員さんの詰め所なのに、まるで高級なお屋敷の執事さんに淹れてもらったみたいに感じた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
私たちの声が揃った。
「ふむ。失念していました。お茶菓子を用意しておけばよかったですね」
「そんな、おかまいなく!」
プロデューサーさんの言葉に、美穂ちゃんがぶんぶんと手を振る。
「……いただきます」
マキノちゃんが両手で湯のみを持つと、ゆっくりと口に運ぶ。喉がこくん、と小さく動いて、それからゆっくり湯のみを降ろすと、じっと机を見たまま、ほう、と息をついた。
「……おいしい」
マキノちゃんの声は、それまでよりもずっと真に迫っていたので、私と美穂ちゃんはちょっと顔を見合わせてから、それぞれの湯のみを口に運ぶ。
温かいお茶が、口の中に入ると同時に、鼻と口を通して、一杯に広がる甘み。ちょっと飲んだだけで、一面の緑に囲まれてるみたいなさわやかな気分になる。
「ほんとだ、おいしい!」
「こんなにおいしいお茶、はじめて飲んだかも」
「それは良かった」
プロデューサーさんは嬉しそうに微笑んだ。
「ほら、はぁとさん、とってもおいしいですよ!」
はぁとさんに促すと、はぁとさんは「スウィーティーじゃねぇな……」って小さな声でつぶやいてから、お茶を一口飲んだ。
「おお、すげっ」
はぁとさんも驚いたみたい。
「それで」マキノちゃんがプロデューサーさんに向きなおる。「あなたが、これから私たちのプロデューサーになる……ということよね」
「心配させてすみませんね」プロデューサーさんは私たちを見回す。「これからは私が、あなたたち四人を担当します」
「今までは、駐車場の警備員をしていた?」
「ええ。この会社とは少々……縁がありまして、その関係で」
「……そう」
マキノちゃんは呟いて、机に置いた湯のみの水面を見つめた。
「やっぱ素人ってことだろ、それって、それって……なんなんだ……」
はぁとさんが部屋の隅っこを見つめて、絶望的な目でつぶやく。
「不安はあると思います。私も、不安です。ですが、まずはすべきことをしましょう」
「すべきこと……?」はぁとさんの顔がぱっと輝く。「あ、レッスンとか!? それとも、いきなりユニットデビュー? やーん☆」
はぁとさんの軽い調子はどこ吹く風、といった調子で、プロデューサーさんは落ち着いた動きで湯のみを口に運ぶ。
「まずは、荷解きをして、ここでお仕事ができるようにしましょうか」
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