【モバマス】水曜日の午後には、温かいお茶を淹れて
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56: ◆Z5wk4/jklI[sage saga]
2018/12/19(水) 20:23:16.86 ID:MnCJ5f3U0
 あっという間に時間は過ぎゆき、プロダクションの冬のフェスの当日が訪れた。私たちユニットの五人はほかのアイドルの皆と一緒に円陣を組み、最初の曲を全員で歌った。そのあとのプログラム、私たちの新曲のお披露目では、フェスの全体衣装に加えて、それぞれがお花と葉のアクセサリーをどこかに身に着けてステージに臨んだ。


「……みんな、今までで一番綺麗に咲こうね」

 私たちの出番の直前、私の言葉にみんなが頷いてくれる。

「前の曲終わります、スタンバイしてください!」

 スタッフさんが私たちを呼ぶ。私たちは入場口の前に立った。
 くるみちゃんが不安そうな顔をする。当然だよね。こんなに大きなステージに立つんだから。
 くるみちゃんだけではなく、私も、きっとほかの三人も、皆不安を持っている。
 だから、私たちはごく自然に、それぞれがそれぞれの手を取った。
 それぞれの不安と緊張は、お互いの期待と感謝に包まれて、集中に変わった。
 大きな拍手と歓声が起こる。前のステージが終わったんだ。ステージライトが全部消える。スタッフさんが手で入場の合図を出した。
 私たちはステージへと進みだす。
 暗転したステージ上で前の演目のアイドルたちと交代し、ステージの床に貼られたビニールテープを目印に、それぞれの立ち位置に立った。
 振付の最初のポーズを取る。
 ステージのスピーカーと、左耳のイヤホンモニターから同時に曲のイントロが聞こえてくる。
 シーリングライトの光が降り注ぐ。
 背中から二階席に向かってレーザーの光が飛んでいく。
 私たちはゆっくりとマイクを持ちあげ、丁寧に最初の詩を音に乗せた――
 届きますように。
 大切な人達からもらったものを受けて咲く私たちが、誰かに大切なものを届ける。
 そうやって繰り返して、人も花も、ううん、この世界はすべて、続いていく。

 そして私たちのステージは、大成功に終わった。
 すべてを出し切った五人全員が、笑顔でファンの人たちに手を振って、次のユニットに交代するために退場した。
 袖から舞台裏に出てすぐ、私たちはお互いにハイタッチをして、抱きしめあって、感無量で泣きだしちゃったくるみちゃんにもらい泣きをして、それから楽屋へと戻る。
 楽屋に戻った私たちは目を疑った。
 楽屋では、プロデューサーさんが私たちを待ってくれていた。
 社員の男の人に身体を支えられてはいるけど、自分の足で立って、いつものグレーのスーツの上下を来て、同じ色のハットをかぶって、穏やかな笑顔で私たちを迎えてくれた。

「プロデューサーさん!」

 私たちはプロデューサーさんにかけ寄る。

「グレイスフルティアーズのみなさん、お疲れ様でした。素晴らしいステージでした。相葉さん、リーダーとしてユニットのまとめ、ありがとうございました」

「ううん、皆が頑張ってくれたおかげです」

 私はみんなの顔を見る。みんな、充実した顔をしていた。

「八神さんも、さらに上達しましたね」

「……ありがとう。でもまだ、これで満足するつもりはないわ」

 謙遜しながらも、マキノちゃんの頬はちょっと紅くなっている。

「小日向さん、メンバーをよく気遣ってくれていたと聞いています。お疲れ様でした」

「そんな、私なんて、夕美さんに比べたら……でも、ありがとうございますっ!」

「大沼さん、驚くほどの成長です。あの日、大沼さんに出会えてよかった」

「ふぇ、ぷろでゅーしゃー、あう、あの……くるみ、ことばが、でなくて……ふぇ、えええ」

 くるみちゃんが泣きだしてしまったので、私と美穂ちゃんが慌てて楽屋のティッシュの箱を取り、くるみちゃんに渡す。

「佐藤さん。長いあいだ、不安な思いをさせて申し訳ありませんでした。しかし、今のあなたは誰より輝いています」プロデューサーさんは目を細める。「これからも、期待していますよ。……『しゅがーはーと』さん」

「っ! ちょ、ちょっ、プロデューサー、そんなシュガシュガな不意打ちはめっ☆ だぞ、いつもの佐藤じゃ……っ、おいおい☆ ……そんなの、さすがに反則ぅ、だろっ、う、うぅぅ、うっ、うええええぇぇぇぇえ」

 はぁとさんも声をあげて泣き出してしまう。くるみちゃんが鼻をすすりながらティッシュの箱をはぁとさんに差し出し、はぁとさんはそれでマンガみたいな音を立てて鼻をかんだ。
 プロデューサーさんは、私たちを感慨深そうに見回してから、ひとつ息をつく。

「さて、申し訳ありません、もうすこしお話していたいところですが、医者から早く戻るようにと言われています。このまま、退散させていただくことにします。みなさん、本当にお疲れ様でした。私も面目躍如というものです。素敵なステージをありがとうございました」

 そう言ってプロデューサーさんはハットをとり、丁寧に礼をすると、社員の男の人に助けられて車椅子に座り、部屋から出ていこうとする。

「プロデューサー!」去り行く背中に最初に声をかけたのは、はぁとさんだった。「今まで、本っ当おぉに!」

「ありがとうございました!」

 深く頭を下げた私たち五人の声が揃い、プロデューサーは私たちに背を向けたまま、ハットを持ちあげて応えてくれた。

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 そうして、プロダクションの冬のフェスから二週間ほど経って、年が明けてまだ間もないころ、私たちのプロデューサーさんは、お友達に看取られながら、穏やかにこの世を去った。


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