【モバマス】水曜日の午後には、温かいお茶を淹れて
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38: ◆Z5wk4/jklI[sage saga]
2018/12/13(木) 20:10:01.06 ID:xAj2PbQr0
「今日はありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
イベントが終わり、バックヤードの待機場所で、私とくるみちゃんはスタッフさんと司会のお姉さんに頭を下げた。
「こちらこそ、ありがとうございました! とってもいいイベントになりました!」
司会のお姉さんもまた、笑顔で私たちに頭を下げてくれる。
「あの……一回目は、ごめんなさい、くるみ、早とちりして、泣いちゃってぇ……」
「いいえ、声紋認証について先にお伝えしなかった私たちにも原因があります。でも、実はお二人のおかげで、今日の売り上げはいつもよりちょっと良かったみたいなんです。売り場から『アイドルの子が健気で、アステルにも情が移ってしまった』と言って買ってくれた人がいたと報告がありました」
スタッフさんが言うと、くるみちゃんはふぇ、と短く声を漏らして、ぽろっと涙をこぼした。
これは、心が喜んでいる涙だから、だいじょうぶだよね。
私はくるみちゃんの横顔を見ながらそう思った。
「相葉さん、大沼さん、お疲れ様でした」
プロデューサーさんがこちらに歩いてくる。
「ぷろでゅーしゃー!」くるみちゃんがかけ寄る。「くるみ、ちゃんとできたかな?」
「ええ、とても立派でしたよ」プロデューサーさんは優しく微笑む。「初仕事、無事に成功ですね」
「えへ……でも、くるみ、いっぱい泣いちゃった……つぎはもうちょっと泣かないように、がんばる……」
「そうですね……相葉さんも、お疲れ様でした。フォローありがとうございます」
「いいえ、私はなにも……くるみちゃん、すっごく頑張ってくれて」
私が言うと、くるみちゃんは照れたようにこちらを見て笑った。
そう、くるみちゃんは、たくさん泣いてはいたけれど、決して心が折れたりはしななかった。
くるみちゃん自身が苦しい時も、自分自身よりお仕事のことを心配して。つまづきをしっかり挽回して、前に進んだ。
くるみちゃん自身が思っているより、ずっとずっと、くるみちゃんは頑張り屋さんで、強くて、思いやりがある。
そして、アイドルとして確実に前に進んでいる。
くるみちゃんの姿を見ながら、私は――私自身の心の中にも、新しい思いが芽吹いていることに気づいた。
そうか――と、私が思ったときだった。
「……っ。む……」
急に、プロデューサーさんの顔が歪んだ。なにかに苦しんでいるみたいに、眉間にしわを寄せる。
くるみちゃんがきょとんとした顔でプロデューサーさんを見る――
「くるみ!」
バックヤードへの入り口のあたりから女性の声が聞こえて、私たちはそちらに注目する。
「あ、ままぁ!」
くるみちゃんが手を振った。
くるみちゃんのお母さんらしいその人は、小柄だけれど、思わずみとれてしまうくらいにとてもスタイルがよくて、凛としていて、一言で表すなら、とてもかっこいい人だった。
「みなさん、くるみが大変お世話になっております、大沼くるみの母です」
くるみちゃんのお母さんは丁寧に頭を下げる。その仕草も美しい。
「大沼さんをお預かりしているプロダクションの者です。こちらこそ、大沼さんには大変お世話になっています」
プロデューサーさんも丁寧に頭を下げる。さっき一瞬見せた表情はもう消えて、いつもの穏やかな顔に戻っていた。
くるみちゃんは頬を赤らめていた。お母さんの前で褒めてもらったのが嬉しかったのかな。
談笑するプロデューサーさんたちを少し離れたところから眺めながら、私は思う。くるみちゃんも大人になったら、きっとすごくかっこよくなるんだろうな。
私はなんだか、今日のくるみちゃんを見られたことが、いつか自慢になるような気がして、思わず笑みがこぼれた。
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