【モバマス】水曜日の午後には、温かいお茶を淹れて
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36: ◆Z5wk4/jklI[sage saga]
2018/12/13(木) 20:07:14.85 ID:xAj2PbQr0
くるみちゃんはプロデューサーさんからの言葉を反芻しているみたいだった。眉間にしわを寄せたり、自分で涙をぬぐったり、両手をぎゅっと握りしめたり、唇を結んだりして、必死に自分と戦っている。
私は、せめて自分もなにか力をあげられたらと思い、くるみちゃんの背にそっと手を当てて、祈った。
「ぷろでゅーしゃー」くるみちゃんは、両の大きな瞳からぽろぽろ涙をこぼしながら、それでも笑顔で言った。「くるみ、泣き虫で、ゆるゆるでおバカだけど、でも、お仕事、がんばりたい。涙がこぼれちゃっても、だいじょうぶかな?」
プロデューサーはゆっくりと大きく頷く。
「勿論です。大沼さん、あなたはもうアイドルの道を歩いています。大沼さんの涙も、大切な大沼さんの魅力です」
くるみちゃんは、大粒の涙とともに、でも力強く言った。
「くるみ、がんばる!」
プロデューサーは、何も言わずに微笑んで、くるみちゃんの手を握った。
すこし、嬉しそうだと私は思った。
「相葉さん、大沼さんのお顔を整えて差し上げてください」
「はいっ」
私は自分の化粧ポーチを取って、くるみちゃんの乱れた髪を整える。顔ももう一度拭き、整えた。
「うんっ、これでだいじょうぶ!」
私はくるみちゃんの肩をぽんと軽く叩いた。
「後半のイベント開始予定まで、あと五分です」スタッフさんが困ったような顔で言う。「あの……先ほどの男の子たちが、売り場に戻ってきています」
くるみちゃんの表情が、すこし厳しくなった。
「くるみちゃん……」
私が声をかけると、くるみちゃんはぎゅっと目をつぶって、それからもう一度目を開き、首を横に振った。
「くるみ、だいじょうぶ。夕美しゃんも、ぷろでゅーしゃーも、いっしょだから。お仕事、がんばる」
くるみちゃんの言葉に、私は胸が高鳴るのを感じた。
「くるみさん」司会のお姉さんがくるみさんの前に来る。「次のイベントも、よろしくおねがいします。つぎは男の子たちが何を言っても、私を信じてアステルに話しかけてみてください」
「ふぇ……?」
くるみちゃんが不思議そうな声をあげると、お姉さんはふふ、と意味ありげに笑って、売り場へと戻っていった。
「くるみちゃん、私たちも行こう」
私がくるみちゃんに言うと、くるみちゃんは大きく頷いた。
売り場のイベント会場には、さっきよりも多くの人が集まってきていた。くるみちゃんをいじめた男の子たちのほかに、前の回のイベントに居た人達もちらほら見える。くるみちゃんのその後が気になったのかもしれない。
私たちが立ち位置につくと、司会のお姉さんがマイクをとった。
「さて、それではふたたび、弊社新製品、新型スマートスピーカー『アステル』のご紹介をさせていただきます! アシスタントは先ほどに引き続き、美城プロダクション所属アイドル、相葉夕美さん、大沼くるみさん!」
「よろしくおねがいします!」
私とくるみちゃんの声が重なる。
「泣き虫くるみぃー!」
男の子たちが囃し立てるが、くるみちゃんはそちらを見なかった。今度はスタッフさんが、お客さんたちと私たちの間に待機して、心理的な壁になってくれている。
「では、さっそくくるみさんにアステルを呼んでもらいましょう! くるみさん、おねがいします!」
「はい……」
くるみちゃんは深呼吸する。
お客さんたちも固唾をのんで見守っていた。
「はろー、あしゅてる!」
くるみちゃんは元気な声でアステルを呼ぶ。でも、アステルはやっぱり動かない。
「あうぅ……」
くるみちゃんの目に涙がにじむ。
「泣き虫くるみー! 泣くぞ、泣くぞー!」
男の子たちが喜ぶけれど、くるみちゃんは構わずアステルだけを見ていた。
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