【モバマス】水曜日の午後には、温かいお茶を淹れて
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34: ◆Z5wk4/jklI[sage saga]
2018/12/13(木) 20:02:36.05 ID:xAj2PbQr0
それから十数分、イベントは問題なく進んだ。司会のお姉さんの指示で、私がアステルを使ってインターネットの検索をしたり、童話を読んでもらったり、天気予報や料理のレシピを訪ねたり、登録した照明器具のスイッチを入れたり、スマートフォンを使ってメッセージをやりとりしたり。
くるみちゃんのアステルの挙動に対する一つ一つのリアクションはとても新鮮で、イベントに参加したお客さんたちにも好評だった。
これなら、心配はいらないかな。私がそう思ったころ、それは起こった。
「それじゃあ、こんどはくるみさんに機能を試していただきましょう。まずはアステルを呼んでもらいましょう……」
司会のお姉さんがそこまで言ったときだった。
「あー! くるみだー!」
子どもの声がした。くるみちゃんの肩がびくん、と跳ねる。
三人の男の子が、売り場をこっちへ歩いてくる。
「なんかヘンな服着てるぞ!」
「泣き虫くるみー、ゆるゆる胸でかおばけー」
私にはその男の子たちに見覚えがあった。公園でくるみちゃんをいじめていた男の子たちだ。
司会のお姉さんが戸惑っている。
私は考える。プロダクションが主催で、私たちが主役のライブイベントなら、迷惑なお客さんはスタッフさんの判断で退場させたりできるけれど、こういう現場ではそれはできない。お店にとってのお客さん、しかも子供を相手にするなら無下に扱うわけにもいかないし、かといって見て下さっているお客さんがいるイベント自体を中断するわけにもいかない。
私はコーナーの端に居たスタッフさんを見る。スタッフさんと目があった。考えていることは私と同じみたいだった。
「くるみーお前なにやってんだよー!」
男の子の一人がイベントスペースに入ろうとしてくる。くるみちゃんは固まっていて動けない。即座にスタッフさんが男の子たちの前に出た。
「きみたち、いま、イベントの最中だから、くるみちゃんとは今度お話してね」
「イベント? へぇー、ふーん」
男の子たちはにやにや笑う。
お客さんたちのあいだにも戸惑いが広がりつつあった。司会のお姉さんがこちらを見ている。私はくるみちゃんの肩に手を置く。
「くるみちゃん、今はお仕事のことだけ考えよう。あの男の子たちはスタッフさんが止めてくれるから、気にしないで」
「う、うん……」
くるみちゃんは頷く。表情は硬くなっているけれど、頑張ろうという意志は伝わってきた。私は司会のお姉さんに目で続行の合図をした。
「はい、失礼いたしました、それでは改めて、くるみさんにアステルを呼んでもらいましょう、ではおねがいします!」
「はぃ、えっと……はろー、あしゅてる」
沈黙。アステルは動かない。
くるみちゃんは焦った声を漏らす。
「あれ、ちょっと反応しないみたいですねー、くるみさん、もう一回お願いします!」
「はろー、あしゅてる!」アステルはやっぱり反応しない。「あしゅてるー!」
必死にくるみちゃんはアステルを呼ぶけれど、アステルは光らなかった。
くるみちゃんの焦りで活舌が悪くなってしまい、アステルが認識できる音になっていないのかもしれないと、私は思った。
「アステルが起動しないですね? でも大丈……」
「ぎゃはは、くるみ、だっせー!」
司会のお姉さんの声を遮って、男の子たちがくるみちゃんを指さし、大声をあげて笑った。
「う……」
くるみちゃんの肩が震える。
「お、泣くぞー、泣き虫くるみー!」
男の子たちに煽られて、くるみちゃんの目には涙があふれ、ぽろぽろと零れた。
「うっ、ひぐっ、う、ふぇ、えええええぇ……」
私がフォローに入るより、スタッフさんが男の子たちを止めるより早く、くるみちゃんの泣き声は売り場に響き渡ってしまった。
スタッフさんが私の方を見る。
「いったん中断します。相葉さん、大沼さんとバックヤードへ。こちらは私と司会とで収めますので」
「あの、申し訳ありませんっ!」
私は深く頭を下げた。
「いえ、簡単なイベントだからと対策を簡略化した私たちにも責任はあります。二回目のイベントのことは後で打ち合わせさせていただければ」
「わかりました。くるみちゃん、行こう」
私は両手で顔を覆って泣き続けるくるみちゃんを連れて、お客さんたちの心配そうな様子を尻目にバックヤードへと戻った。
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