【モバマス】水曜日の午後には、温かいお茶を淹れて
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27: ◆Z5wk4/jklI[sage saga]
2018/12/10(月) 22:07:21.27 ID:Wp4M41Qe0
扉が閉まって、少しして、私は無意識に止めていた息を長い時間をかけて吐き出した。
――観たい。サマーフェスでマキノちゃんはバックダンサーとしての出演だけれど、マキノちゃんを観たい。
きっと、すごいマキノちゃんが観れる。
私は膝の上に置いていた両手をぎゅっとにぎった。
その時、事務室の扉が開いた。プロデューサーさんが中に入ってくる。
「こんにちは……おや、相葉さん、お一人ですか」
「はい。さっきまで美穂ちゃんとマキノちゃんが居たんですけど、自主レッスンに行くって」
「そうですか」プロデューサーさんは帽子を机の上に置く。「……相葉さん、お茶を淹れようと思いますが、飲まれますか?」
「はい、ぜひ!」
私が返事をすると、プロデューサーさんは嬉しそうに微笑んだ。
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湯のみから、しっとりと甘い、いい匂いがたちのぼってくる。季節はどんどん夏へと近づいているけれど、プロデューサーの淹れてくれるお茶はいつも美味しくて、暑い日でもぜんぜん嫌じゃなくて、嬉しかった。
「八神さんの様子はどうでしたか?」
プロデューサーさんが湯のみを片手に、私に聞く。
「ええと……」私はさっき見た光景を思い出す。「撮影のお仕事で、なにかいい刺激をもらったみたいでした。同じお仕事だった上条春菜さんが、当日すごく……ええと、急に魅力的になったみたいで、マキノちゃんも、さっき、なんだかすごく、魅力的に見えて……」
私は言葉を止めて、頭を掻いた。
「ごめんなさい、なんだか要領を得てないですよね」
「いえいえ」プロデューサーさんは満足そうに言った。「よく判りました。八神さんはなにか掴まれたようです。楽しみですね」
「はい、本当にそう思います」
返事をしながら、私はふと、我に返った。
じゃあ、私は。なにかを掴んでいるだろうか?
これから、掴めるのだろうか?
「相葉さん」
「はい」
「先日は、面談が中断してしまい、申し訳ありませんでした。しかし……私が質問をしたあのとき、相葉さんには、迷いがあったように見えました」
プロデューサーさんは、穏やかな目でまっすぐに私を見ている。
「……はい」
「焦る必要はありませんが、迷いを持ったままのあなたを、私は舞台にあげたいとは思えません」
「はい」
当然だと思う。誰かを元気にしてあげたいと言っているアイドル自身が迷っていては、誰も元気になんてできないから。
プロデューサーさんは目を細め、私からはプロデューサーさんの瞳の色をはかりにくくなった。
「あまり、時間は長く残されてはいないのも、確かです。……期待していますよ」
その言葉は、私には重く、重く響いた。
「……はい」
せめて、返事だけは真摯にと、私はプロデューサーさんの目を見て答えた。
プロデューサーさんはふっと表情を緩ませる。
「幸い、ユニットに参加される皆さんは多種多様です。大沼さんのようにこれから伸びる人、八神さんのようにまさに今、なにかを掴んだ人。小日向さんも佐藤さんも、皆さんきっと、相葉さんといい影響を与えあうことができるでしょう」
「はいっ」
私はプロデューサーさんの言葉を胸に刻み込んだ。
淹れてもらったお茶を口に含んで、飲みこむ。程よく温度の下がったお茶の柔らかな甘みは、喉と口に優しく広がっていった。
時間は長く残されてはいない。
そう。みんなどんどん先に行ってしまう。立ちどまっている余裕なんて、ないんだ。
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