【モバマス】水曜日の午後には、温かいお茶を淹れて
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17: ◆Z5wk4/jklI[saga]
2018/12/08(土) 00:25:40.78 ID:1bCRB9ws0
「私は相葉夕美っていうんだ。あなたはなんていうお名前?」
「ぐすっ。くるみ……大沼、くるみ」
「大沼くるみちゃんかぁ。くるみちゃん。素敵な名前だね!」
「あの、お姉さん、おじいちゃん、やさしくしてくれて、ありがとぉ……」
「いえいえ、どうしたしまして」
プロデューサーさんが微笑む。
「くるみ、泣き虫だから……いつも、ドジで、お勉強もできなくって、栄養も頭じゃなくてお胸にいって、いつも泣いてばっかりだから……バカにされてもしかたないの」
「そんな」
「相葉さん」
プロデューサーさんが、口を開きかけた私を声と視線で制した。くるみちゃんは私とプロデューサーさんを不安そうにきょろきょろと見て、視線を足元に落とす。
「……くるみも、バカなのはいやだけど……」
くるみちゃんは迷ったように両の眉を眉間に寄せて、唇を結んだ。
プロデューサーさんは、くるみちゃんをじっと見ていた。頭のてっぺんから、足の先まで、ゆっくりと。見定めるみたいに。
しばらく、沈黙があったあと。
「大沼さん」
くるみちゃんはプロデューサーさんのほうを見る。
「大沼くるみさん。もしよかったら、アイドルになってみませんか?」
「えっ、ええっ!?」
くるみちゃんよりも私のほうが驚いて、つい大きな声をあげてしまった。
くるみちゃんはよくわかっていないのか、きょとんとしている。
「アイドル……? ってぇ……なに……?」
「えっと、くるみちゃん、アイドルっていうのは、皆の前で歌ったり、踊ったり、お芝居をしたり、おしゃべりしたり、テレビとかで……」
そこまで説明すると、くるみちゃんの顔が驚きの表情になって、それからすぐに曇った。
「……おじいちゃん、わるいひと……?」
詐欺かなにかだと思ったのかもしれない。突然そんな話をされれば、当然だよね。
「さあ、どうでしょう」プロデューサーさんは穏やかに微笑んだ。「でも、大沼さん。大沼さんは、なりたい自分があるのではないですか。さっき大沼さんは『バカなのはいやだ』と言いました。私は、芸能のお仕事をしています。もしかしたら、大沼さんがなりたい自分になるお手伝いを、できるかもしれません」
「……くるみが、バカじゃなく、なれる……?」
「私たちができるのはお手伝い。大沼さんの頑張り次第ですよ」
「……くるみ、わかんない……でも、そんなふうに言ってもらったのは、はじめてだから……くるみ、どうしていいか……でも、うれしい……でも」
くるみちゃんは迷ったみたいに言う。たぶん、怪しい人について行ってはいけないと知っていて、言われていることが誘惑なのかもしれないと疑っているんだ。
「これを、家の人に渡してみてください」プロデューサーさんは懐から名刺サイズのカードを一枚取り出すと、くるみちゃんに渡す。「大人の人にきちんと了解を頂かなくてはいけませんからね」
くるみちゃんは、それを受け取ると、大きな丸い目でじっと見つめた。
「さて、だいぶ陽が傾いてきました。私たちも帰ることにします。大沼さんも、今日は帰ったほうがいい」
くるみちゃんは声をかけられてもしばらくじっとカードを見つめていたけれど、やがて立ち上がると、深く頭を下げながら「ありがとうございました、さようなら」と言って、帰っていった。
「さて、我々も帰りましょうか」
「あっ、はい」
立ち上がったプロデューサーさんのあとを追いながら、私は結局、プロデューサーさんからの問いに答えられていないことを思い出す。
「あの……」
「いやはや、難しい」プロデューサーさんは夕日を見て目を細めながらつぶやく。「大人を相手にするのとはまた一味違いますね」
「来てくれるといいですね、くるみちゃん」私はくるみちゃんが帰って行ったほうを見た。「笑顔になってくれるといいなぁ」
私が言うと、プロデューサーさんは私の目を見て、嬉しそうに頷いた。
「それは、大沼さんや私たちの希望だけでもどうにもできないところです。連絡があることを祈りましょう」
そして結局、プロダクションの事務室に帰ったところでその日は解散になった。
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