77:名無しNIPPER[sage]
2018/12/29(土) 16:39:02.21 ID:BWF1i+bVO
「ここの水道はコツがいるんだ。先ずは根元の元栓を開けてから蛇口をひねる」
「そそそそそ、そうだったんですね……」
「大家から何も聞いていないのか?」
78:名無しNIPPER[sage]
2018/12/29(土) 16:40:21.98 ID:BWF1i+bVO
「なんだ……あの女性は……それにこの胸の高鳴りは……」
男は恋愛経験があったがそれも人並みで「何となく」好印象だった女性と付き合っていただけだった。
そんな相手とは当然長続きなどするはずも無く、男も本気で誰かを愛したことなど無かった。
79:名無しNIPPER[sage]
2018/12/29(土) 16:41:46.64 ID:BWF1i+bVO
「明石さん、弁当ここに置いておきます」
「ああああ、ありがとう……ご、ございます……おおおお、お金を払い……ます……」
「気にしなくていいですよ。それより頑張って下さい」
80:名無しNIPPER[sage]
2018/12/29(土) 16:43:16.21 ID:BWF1i+bVO
「おおおおお、お金は……かかか、必ず払います……」
「余裕のある時でいいですよ。じゃあ俺はこれで」
「おおおお、お休みなさい……」
81:名無しNIPPER[sage]
2018/12/29(土) 16:44:33.83 ID:BWF1i+bVO
「具合悪いんですか?」
「だだだだ、大丈夫……で……す……」
ある日明石さんが洗面所で突っ立っていた。顔を洗っていた素ぶりは無く顔は青白かった。足取りも重く真っ直ぐ歩くことも困難だったので、彼女の部屋まで介抱してあげた。
82:名無しNIPPER[sage]
2018/12/29(土) 16:48:47.14 ID:BWF1i+bVO
「悪化したら救急車を呼んで下さいね」
「あああ、ありがとう……ごごごご、ございます……」
その日の俺は仕事が手に付かず、久しぶりに上司に怒られる羽目になった。
83:名無しNIPPER[saga]
2018/12/29(土) 16:50:07.43 ID:BWF1i+bVO
「行ってきます……」
返事の帰ってこない嘆きを部屋に投げて出社する。明石さんに会えななかった朝はなんとなく気分が落ち込んでしまう。
そういえばここ数日は朝に会うことは無かったし、昨日は早くに寝ていたようで俺が帰ってきた時にはもう部屋の電気が消えていた。最近体調が悪そうだったから心配だ、研究も大事だろうが自分の身も大事にして欲しい。
84:名無しNIPPER[sage]
2018/12/29(土) 17:30:39.95 ID:BWF1i+bVO
「寒く……ない」
暖房の効いた部屋で目を覚ました俺はそう呟く。新しく越してきたマンションは床暖房がデフォルトで入っているような素晴らしいマンションだ。ここに越してきて数日しか経ってないが、とても住み心地が良い。
俺が『アザレア』を出た理由はただ一つ、明石さんが消えてしまったからだ。会社から帰ってくると明石さんの居た部屋が空き部屋になっていた。大家に聞いても急に引っ越した、迷惑料として来月分の家賃も置いていったから文句が言えなかったと言われてしまった。
85:名無しNIPPER[sage]
2018/12/29(土) 17:32:01.08 ID:BWF1i+bVO
「行ってきます」
誰も居ない部屋にそう呟き部屋を出る。そしてエントランスに貼ってある壁紙をチェックする。ここにはこのマンションに関するお知らせや情報が貼られている。前のアパートでは大家の手書きのメモが投函されているだけだったことに比べれば随分と分かりやすい。
「俺の隣の部屋に引っ越しか」
86:名無しNIPPER[sage]
2018/12/29(土) 17:33:49.12 ID:BWF1i+bVO
だが現実的に考えると明石さんともう一度会うことは難しいだろう。名前しか知らずに務め先も分からないのでは探しようも無い。
叶わぬ夢を見るとはこういう気分なのか。俺は初めてこんな気持ちになったのかもしれない。
そうだ、俺は今までこんな気持ちを経験したく無いから「何となく」という選択肢を選んできたんだ。「何となく」選んで失敗してもダメージが少なかったからずっとこの選択肢を選び続けてきた。
87:名無しNIPPER[sage]
2018/12/29(土) 17:35:45.49 ID:BWF1i+bVO
壁紙の前から移動しようとした時、管理室の方から大家さんの話し声が聞こえた。大家さんの大きい声によるとどうやらその引っ越してくる住人が来ているようだ。
ここの大家さんはマダムという言葉が似合う人で、趣味でこのマンションを経営しているらしい。俺とは住む世界が違う。
軽く溜息をついたあと外に出る為にエントランスを抜ける。するとその時に磨りガラスの隙間から一瞬管理室の様子が見えた。
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