89: ◆CItYBDS.l2[saga]
2018/08/28(火) 23:00:11.03 ID:3l3UqrgJ0
不可抗力だ。
わざとじゃない。
触ったんじゃなくて、鼻先が当たっただけだ。
誠実さをもって、幾百の言葉をもって弁明をすべきだということはわかっていた。
だが、俺にはそれができなかった。それができない理由があったのだ。
俺は、自身の脳に、かつてないほどのオーバーワークを強いていた。
今見ている光景を、一切の欠落なく記憶するためにだ。
魔王を倒すという使命を忘れ、俺は今、新たなる使命に目覚めてしまっていた。それはすなわち語り部となること。
今見ている光景を、俺は後世へと語り継がねばならない。世界に溢れる、チェリーたちに勇気を与えなくてはならない。
空高く放り上げられた彼女。
月と並ぶ彼女の肢体は、さながら月夜に舞い降りた天使のような荘厳さをもち、薄い月明りが、彼女の清廉さをより研ぎ澄ましている。
短く黄金に輝く髪は、草原を疾走する獅子の鬣のように猛々しく揺れている。
そして何より、あのはためくスカートな中から垣間見える、彼女の滑らかな肌に直接触れている白い布地の聖性さの何たることか。
かつて、聖人の遺体を包んだとされる聖骸布。彼の物ですら、あれほどの聖性は宿していなかったであろう。
俺は、この美しき一枚絵のような光景を独り占めするつもりはない。そのような狭量な男ではない。
この喜びを、猛りを、共有するのだ、全ての仲間たちと。
真面目に生きていれば、きっと出会えると。拝めると。相まみえると。あの白き布地と。
聖なるパンツは、軽々とゴーレムを飛び越え、何事かを叫びながらゴーレムの額へとナイフを投げつけた。
背後からの完璧な奇襲、そして近距離からのナイフの投擲に、ゴーレムはナイフを防ぐことができず『死』へと誘われた。
ゴーレムは、体制を崩し仰向けに倒れていくと同時に、形を保つことができなくなったのか、ただの土くれへと戻っていった。
当然のことながら、ゴーレムの背後にいた俺は、土へと戻った巨体を頭から浴びる羽目となってしまった。
我にかえり、破壊されたあばら家と、崩れた土に視線を移す。
何かしらの手掛かりがあったとしても、土に埋もれてしまっていることだろう。それに月明りの下の探索は、困難極まりない。
探すのは日が昇ってからにしよう。とりあえず、水を浴びたい。
風呂にゆっくりつかる自身を想像しながら、体についた土を叩き落としていると、見事な着地を見せた遊び人が寄ってきた。
彼女の顔は、とても険しい。眉間にしわが寄っている。もしかして怒ってる?
「おっぱい触ったでしょ」
「鼻先が当たっただけです。決して、故意ではありません」
これは、うそではない。だいたい、戦闘のさ中にそんな器用なマネができるものか。
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