280: ◆CItYBDS.l2[saga]
2019/06/08(土) 22:29:12.98 ID:ABaWR+nR0
「手伝うさ。俺には教会にも頼れる伝手がある。なにも魔王軍を手中におさめる必要はない」
そうだ、わざわざ自ら危険に飛び込む必要なんてない。もう、魔王のことなんて、俺のことを殺そうとする体のことなんて忘れて、二人でゆっくり暮らすのもいいじゃないか。
「そんな、つまんないこと言わないでよ!」
遊び人は、その目に大粒の涙をためていた。
何故だ。なぜキミはそこまで、魔王に執着しているんだ。
「頭だけの私には、どうにもならないの。お願いだから手伝ってよ勇者」
今までみたこともない激昂ぶりに、俺はたじろぐ。以前の喧嘩でも、彼女はここまでの怒りは見せなかった。一体何が、彼女を突き動かしているというのだ。
「もう正直、私の目的なんてどうでもいい。……いや、どうでもよくはないけどどうでもいい!」
「お、落ち着けよ」
「落ち着いていられるわけないでしょ。なに!? 酒に酔えない身体になったってどういうこと!?」
「それは、女神からもらった耐性の力で……」
「もう、一緒にお酒をシコタマ飲んでも二人で酔って、笑って、馬鹿話に講じることもできないってこと!? そんなの私には耐えられない! 私は、酔っぱらって心中だだ洩れのそんな勇者が好きだったんだ!」
そういうと、彼女は本格的に泣き出してしまった。うわああうわあああとまるで子供のように声をあげて泣いている。
俺は、立ち上がり彼女の目をぬぐう。ああ、愛しい女を泣かしてしまうなんて俺は勇者として、いや男として失格だ。
剣を腰に差し、クロークをまとう。彼女に一声かけ、彼女の頭をマフラーごと腰に結わえ付ける。
「勇者?」
彼女は、心配そうに俺を見上げている。俺は、それに微笑み返しカウンターバーに並べられた酒瓶に向き合う。片っ端から手に取り、その琥珀色のアルコールを体に充填していく。空になったら、次を、それが空になったら更に次を。何杯も、何杯も、何杯も。
だが、俺の体は一向に酔う素振りを見せない。悔しさに、視界がにじむ。だが、その手は緩めない。
腰に結った頭が、声をあげる。「がんばれ」と。その声は、少しずつ大きくなっていく。遂には、部屋中に遊び人の声援が響き渡った。
「がんばれ勇者! キミは、ビールなんかにとどまる男じゃない! そんなアルコール度数の、チェイサー程度の男じゃない! ぐつぐつぐつぐつと魂を燃やせ! 煮詰まった醸造酒は蒸留酒を生むんだ! そうだキミはビールなんかじゃない! その魂は、勇者という生きざまに染まったスピリッツだ!」
酒瓶を握る手に力が入る。
あまりに力を籠めすぎたせいか、思わず眩暈がする。足元がふらつき、全身の力が抜けていく。
巡る思考はまわりすぎて、その複雑に絡み合ったシナプスをほどいていく。
魔王を倒すのが勇者の役目。彼女の体に関する誤解。酒造業界で一丸となって禁酒法を無くしたいという遊び人の思惑。勇者の力を失い、再びアルコールに酔う身体を取り戻す。そのすべてが、今やどうでもよくなっていく。とりあえず、よくわからないが魔王を倒せばいいんだろう。酔っ払い特有の、短絡的結論にたどり着いたとき、俺は「飛べる」確信を得た。
「千鳥足!」
遊び人の顔を伺う。彼女は動かない頭で、頷いて見せた。
俺たちは、タイミングを合わせ二人同時に掛け声をあげる。
「てれぽおおおおおおおおおおおおおとおおおおおおおお!!!」
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