183: ◆CItYBDS.l2[saga]
2019/05/03(金) 16:33:42.29 ID:KfriHW7I0
俺は、マスターの意図を探る。
いくら俺たちがマンハッタンを二人して飲んでいるからと言って、その由来を意味深に語る意味はなんだ。
そんなのは考えるまでもない、これはマスターからの餞。すなわち、俺たちが抱えている帰還できないという問題のヒントになっているのだ。
解決法を自身で見つけろと言いながらヒントを与える。
マスターが作り出した魔法が原因となっていることはさておいたとしても、なんともまあ、お人好しな好々爺ではないか。
夕日が沈む前に、人々は帰路につくべき……ね。
「つまり、足元が暗くなる前に帰りなさい」ということだ。
だが、果たして酔っ払いが日も変わらぬ前に家路につくか?いや、そんなことはありえない。
酔っ払いであればあるほど、その楽しいひと時を延ばしたいと家には帰りたがらない。
その結果、酔いつぶれて街の闇に沈んでしまう。
そして、千鳥足テレポートを使うものは総じて酔っ払い。
さらに言えば、その魔法を作り出したのはお人好しの大賢者とくれば答えはそう難しくない。
目の前のマスターなら、きっと酔いつぶれた客をそのまま何処とも知れぬ帰還先に放っておくことなどできないはずだ。
「酷く酔った千鳥足テレポート行使者は、帰還先が自宅へと変更される?」
マスターは、答えを返す代わりにニッコリと笑って見せた。
俺が宿屋に戻れて、彼女だけが店に取り残された合点がいった。
つまり旅の俺たちにとっては、自宅など存在しない。
それでもなお、俺が宿屋の部屋に直接帰還した経験を鑑みるに、俺たち旅人の自宅とは、その都度とった宿ということだ。
あの日、宿屋に彼女の部屋はなかった。
とれた部屋は一部屋だけで、彼女はその部屋に一歩もはいらなかったし、荷ほどきもしていなかった。
俺が同室を拒否したことも相まっているかもしれない。たとえ俺に、そのつもりがなかったとしても彼女はあの夜宿なしのまま酒を飲みにでてしまった。
そして、俺たちはマスターの前で醜態をさらすほどに酷く酔ってしまった。
原因は、既に解明された。……ならば、解決法に見当はつく。
「わかったようですね」
「あぁ……」
「どういうこと」と、遊び人が一人だけ頭上に疑問符を浮かべている。
「……すまない、マスター何でもいい。何か強い酒をくれ」
「……男なら」
「ん?」
「男なら、酒の力を借りずに為すべき時があります」
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