177: ◆CItYBDS.l2[saga]
2019/05/03(金) 16:30:56.10 ID:KfriHW7I0
「まだ怒ってる?」
顔中の皺という皺を眉に寄せ、口を真一文字に結び、腕を組んで正面を凝視する俺の様子を窺うように、遊び人が俺の顔を覗き込んできた。
「俺は、そもそも怒ってなんかいない」
「いや、怒ってたよ」
「何に対してだ、俺が怒る要因など何一つない」
「でも、私のせいで炎魔将軍を取り逃がしちゃったじゃん」
「それは、そういうこともあるさ」
「でもでも、二度とこんなのはごめんだって……」
ああ、誤解の原因はそこだったのか。
彼女は、俺が炎魔将軍を取り逃がしたことを怒っていると思っているのだ。
故に、その原因となった彼女を俺が旅から排除しようとしていると勘違いさせてしまっていた。
ならば、その誤解さえとければ、俺は彼女を納得させられるのではないだろうか。
彼女との協力関係を保ったまま、前線に一人で立つことができるのではないだろうか。
「二度とごめんだ」
彼女は悲しそうに「ほら」と呟いた。
「ちがう。そうじゃないんだ」
「じゃあなに?」
「……」
沈黙が流れる。答えに詰まったわけではない。
明確な答えは俺の中にある。だが、それを言うには相応の勇気が必要なのだ。
人々から、勇気あるものと称される俺をもってしても躊躇してしまうほど恐ろしい壁があるのだ。
目をそらしてはならない、俺は自身の罪へと向き合わなくてはならなかった。
カウンターの上に置かれていたウイスキーを無造作に取り上げる。
ラベルには、見たこともない角ばった文字らしきものがでかでかと書かれている。
気にせず、ビンを開け、一気に喉へと流し込む。所謂ラッパ飲みだ。
肺が空気をもとめ、胃が突然の強い酒の侵入に嫌悪感を示す。
えづきそうになるのを我慢して、俺はどうにかビンを全てからにすることに成功した。
「君の顔に、傷が残ってしまった」
彼女が驚いてこちらを見ていた。
俺もまた、彼女の目をそらすことはなかった。
彼女は、自身の頬に何げなく振れた。
そこには、炎魔将軍によってつけられた刃傷がありありと残っていた。
炎魔将軍の高温の剣は肉を切り裂くと同時に彼女の皮膚を焼いていた。血が出なかったのはそのせいだ。
そして、その傷は回復魔法をかけても跡が消えることはなかった。
俺は、美しく愛らしい彼女の顔をまっすぐ見ることができなくなっていた。
彼女を無防備にも魔王幹部に近づけてしまったこと。そして、あまつさえ彼女と連中のやり取りを盗み聞きし彼女の素性を探ろうとしていたこと。
彼女に一生ものの傷を負わせてしまったのは、自分であるという後ろめたさがそうさせたのだ。
絞り出すように、俺は懺悔をつづけた。
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