11:名無しNIPPER[sage saga]
2018/02/03(土) 00:23:59.68 ID:vBuyWfgt0
時計の針が3時半を回る頃、ボクは筆箱と古典の問題集を鞄へと仕舞い、未だ机に向かう生徒達を背に教室を後にした。スマートフォンのカレンダーには「16:30 インタビュー」と無機質なフォントで記されている。
ネックウォーマーに口許を埋めながら、雪解けで黒く濡れるアスファルトを進む。なんとなく駅前の自販機が目に付いて、ブラックの小さな缶珈琲のボタンを押した。凍える手には過ぎた熱さのそれを口に含むと、苦味と共に妙な違和感を覚えた。
「……やはり、プロデューサーの淹れた珈琲の方が好いな」
12:名無しNIPPER[sage saga]
2018/02/03(土) 00:24:46.91 ID:vBuyWfgt0
自室の床に制服を無造作に放り出して手早く《アイドル"二宮飛鳥"》のペルソナを纏う頃には、現場へ向かうのに丁度いい時刻となっていた。白いエクステを靡かせて指定されている事務所の一室へ入ると、もはや顔馴染みともなった記者とその連れが既に待機していた。
「お久しぶりです、二宮さん」
「やぁ。すまない、待たせてしまったかな?」
13:名無しNIPPER[sage saga]
2018/02/03(土) 00:25:21.58 ID:vBuyWfgt0
始められたインタビューの内容は、概ねこの一年の活動を振り返るものだった。昨年興行されたダークイルミネイトやDimension-3などの単独ライブを軸に、CDの発売、TVへの出演など、様々な出来事へと質問が投げかけられ、ボクはひとつひとつコメントをしていった。
「ありがとうございます。それでは最後に、二宮さんは今年高校を卒業されますが、次の一年の目標や抱負などはございますか?」
時刻が18時に迫ろうかという時、彼女から飛び出した問いはボクを大層困らせた。それは、受験自体がまだ終わっていないとか、活動方針がまだ決まっていないとか、そういった具体的なものではなく、もっと漠然とした、されどボクの視界を確かに覆う暗澹とした闇だった。
14:名無しNIPPER[sage saga]
2018/02/03(土) 00:26:01.17 ID:vBuyWfgt0
しかし、ボクはひとつの偶像として、それを表に出すことは出来ない。ファンの皆の夢を壊すのは、ボクとて本意ではない。
「……そうだな。まだ確定はしていないが、少なくともこのシンデレラ城の階段を降りるつもりはまだ無い、と言っておこうか」
「それでは、進学されても引退はなさらない、と」
15:名無しNIPPER[sage saga]
2018/02/03(土) 00:26:45.36 ID:vBuyWfgt0
「それでは、本日のインタビューはここまでとさせて頂きます。二宮さん、お忙しい中ありがとうございました」
「どういたしまして、此方こそ」
最後に握手を交わし、去っていく彼女達の背を見送る。
16:名無しNIPPER[sage saga]
2018/02/03(土) 00:27:45.92 ID:vBuyWfgt0
「おはよう、プロデューサー」
「お、終わったか。お疲れ様、飛鳥」
ボクが部屋に入ると彼はキーボードに向かっていた手を止めて、いくつかの書類をまとめボクをソファへ促した。
17:名無しNIPPER[sage saga]
2018/02/03(土) 00:28:44.25 ID:vBuyWfgt0
「来年度の活動、お前はどうしたい?」
「……まだ、理解らない。まだ辞めるつもりは無いけれど、このまま惰性で続けていくことも善いとは思えないんだ」
「……そうか。俺としては、折角大学に行くんだから思い切って学業に専念するのも悪く無いと思うけど、急いては事を仕損じる。まぁ、受験が終わるまでにゆっくりと考えればいい」
18:名無しNIPPER[sage saga]
2018/02/03(土) 00:29:31.73 ID:vBuyWfgt0
彼は朗らかな笑みを浮かべると、デスクへと戻り再びPCへ向かい始めた。ボクは手持ち無沙汰で、事務所の仲間達が出ている雑誌をなんとなく開いてみた。そこには最早お子様と笑えぬ程に成長したビートシューターの二人が大きく取り上げられていた。共に過ごしたオーストラリアでの日々が、遥か昔のように感じられる。
「なぁ、プロデューサー」
「どうした?」
19:名無しNIPPER[sage saga]
2018/02/03(土) 00:30:18.58 ID:vBuyWfgt0
時計の針が、ボクを急かすようにうるさく時を刻む。読んでいた雑誌をテーブルに置くと、自分の手が僅かに震えていることに気づいた。ボクはそれを隠すように、エクステの端を指で弄ぶ。
「……虚勢(うそ)だよ、そんなものは」
「悩み事、か?」
20:名無しNIPPER[sage saga]
2018/02/03(土) 00:31:03.48 ID:vBuyWfgt0
「……前にも言っただろう。直観だよ。理由なんて無い。ティンと来たって奴だ」
「ただ黄昏の公園で口笛を吹いていただけの子供にかい」
「ああ」
21:名無しNIPPER[sage saga]
2018/02/03(土) 00:31:51.95 ID:vBuyWfgt0
気付いていた。気付かない振りをしていた。
彼がボクの仕事へ同行することが減り始めたのはいつからだっただろうか。成人組に監督を任せることもあったが、一人で向かうことも増えていった。打ち合わせ以外での会話は稀になり、コーヒーブレイクを共にすることも無くなっていた。
まるで彼が、ボクを怖れて逃げているかのようにさえ、思えた。
キーボードを打つ手が止まる。
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