15: ◆cgcCmk1QIM[saga]
2018/01/04(木) 18:49:34.74 ID:R409ZOpN0
「い、今のところ大丈夫かな―――白菊さん、準備いいんだね」
「時々あることですから―――」
手馴れたものです、と言うように小さく笑って、白菊さんは壁にもたれてちょこんと座り込みました。
私もその隣に座らせてもらいます。
二人ならんで、エレベーターの窓の外が見える位置。
見えるのはあいにくの重苦しい曇り空でしたが、開かないドアや壁を見ているよりは、いくらか息が詰まりません。
エレベーターの中とは言え空は曇りで季節は冬。 壁や床にじんわり体温を取られるみたいに、しみじみと寒いです。
少し黙ったまま、白菊さんの横顔を見詰めます。
白菊さんは十分に着込んでいましたが、何故か不思議に寒そうに見えます。
どこか思い詰めた表情やか細い首。 あのときの酷く寂しげな表情が重なって、そういう風に思わせるのでしょうか。
二人とも口を開けず、エレベーターの中はしんと静まりかえっています。
話しかけたいことは、聞きたいことは、いくらでもありました。
だけどなかなか、きっかけがつかめなくて。
結局。
「―――ごめんなさい。 私のせいでエレベーター止まってしまって……」
曇り空を見詰めたまま、視線を合わせないまま口を開いたのは、白菊さんの方。
聞き様によってはちょっと冗談のような謝罪です。
私は一瞬、そんなことないよと笑おうとして―――すんでのところで踏みとどまりました。
だって、白菊さんの表情があまりにも真剣だったから。
そう、本当に、真剣で―――
「……あっ」
私は、呟きました。
白菊さんの表情を見るうちに、唐突に。
何かがぱちん、とまはった音が聞こえたような気がしたのです。
誰かを幸せにしたいと願う彼女。
迷わず自分の身を投げ出す彼女。
自分の噂を決して否定しない彼女。
―――明日が無いかのように、レッスンに打ち込む彼女。
今まで私が見聞きした色々な『白菊ほたる』が、私の中で渦巻いていた色々な疑問が、唐突にその一言でぴたりと纏まった気がしました。
どっ、と背中に汗をかきました。
そうです、私はとても当たり前の事を、忘れていたと気付いたのです。
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