13: ◆cgcCmk1QIM[saga]
2018/01/04(木) 18:48:11.56 ID:R409ZOpN0
◇
「―――私とほたるちゃんは、同じ日に事務所に入ったんです」
事務所にほど近い喫茶店のボックス席。
更衣室から場所を移してしばらく時間がたって。
ようやく落ち着いたA子さんは、ぽつぽつと思い出を語ってくれました。
「ほたるちゃんは、誰かを幸せにできるアイドルになりたいんだって言っていて―――歳も近いし、一緒に頑張って夢を叶えようねって約束したんです」
私は、聞き役に徹します。 A子さんの鼻がくすんと鳴りました。
「一緒にレッスンして、色々な話をして。楽しかったな……だけど、ある時、変わったんです」
「……変わった?」
「私達のすぐ近くで、交通事故があったんです。 二人とも無事だったし、私はびっくりしただけだったんだけど―――ほたるちゃんの顔は真っ青でした。 ごめんなさいって言って、駆け出して……それからほたるちゃんは、みんなと距離を取るようになったんです」
ごめんなさい。
私はふと、ぐしゃぐしゃに潰れたシーリングファンの傍らに、ひどく静かに佇む彼女の横顔を思い出しました。
「仲良くなってた子たちとも距離を取るようになって―――どうしたのか聞く私達に、不幸の子の話を、自分の身の上の話をしてくれたのは、他ならぬほたるちゃんでした。 だから、近づかないほうがいいんだって―――私たちは、『そんなこと気にしない、きっと偶然だ』って言ったんです。 そしたら、ほたるちゃんが……」
「―――どう、したんですか?」
「……笑ったんです。とっても、とっても寂しそうな顔で―――そしてそれ以来、ほたるちゃんとの距離は、離れる一方になりました」
無力感や苦しみが混じったような深いため息が、A子さんの口から吐き出されました。
「私達は、ほたるちゃんのことがだんだん解らなくなっていきました。 いつでも線を引かれていて―――何かトラブルがあると、いつもほたるちゃんが助けてくれて……だけど、それが恐かったんです」
助けて貰ったのに、何が恐かったのか。
私がそれを問う前に、A子さんは言葉を継ぎました。
「どんな危険なときも、迷わず助けてくれて―――でも、いつも平気な顔なんです。 まるで、『不幸』を少しも恐れていないみたいに。 その不幸で自分が死ぬことはないとでも思っているようで―――恐かったんです」
彼女たちが感じたという『怖さ』を、私は否定できませんでした。 あの時私を助けてくれたように、白菊さんはきっと不運な事故があったとき、誰かを助けようとして来たのでしょう。
そして、いつもあの時のように静かな顔をしていたのかもしれません。 今目の前で起きたことに微塵の恐怖も覚えていないような、あの顔を。
「ほたるちゃんが、解らないんです」
物理的な痛みを堪えるような顔で、A子さんは言います。
「焦っているみたいに、おかしいぐらいレッスンに打ち込んで。 何も恐くないみたいで。 夢が叶うって喜んでいた、あのときの笑顔がまるでウソみたいで。 どうしていいかわからなくて―――でも、『不幸』は確かに起きていて、ほたるちゃんはそれが自分のせいだと確信してるみたいで―――」
だから、彼女たちは白菊さんを恐れるようになった。
だけど、ただ白菊さんが不幸の子だから恐がっているのでは、ありません。
白菊さんが理解できなくて、恐がっているのです。
気にしないというのに自分たちからどんどん離れていく白菊さんが、不幸をまるで恐れないように見える白菊さんが、度を越してレッスンに打ち込む白菊さんが、決して理解されようとしなくなった白菊さんが、理解できなくて―――恐れるしかなくなったのではないでしょうか。
私に、できることは無いのでしょうか。
目の前で冷めていくカフェオレを眺めて、私はそんなことを考えます。
喜んで、皆と仲良くしていた白菊さんはかつて確かに居て。
白菊さんを恐れて、でも、そうはしたくないと心を痛めている子が確かにいる。
誰も望んでいないのに、皆が苦しい―――なんていうのは、おかしいのではないでしょうか。
「白菊さんと、話したいな」
私は心の底からそう思いました―――。
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