萩原雪歩「ココロをつたえる場所」
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25: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2017/12/31(日) 21:13:43.97 ID:bbgcA4Fi0
「…………自分に、怒りを通り越して呆れしか出てきませんわ」

 そう、簡単に言ってしまえば一言で済む話。千鶴がロコに説いた言葉とは裏腹に、千鶴自身はロコに何も伝えようとしていなかったのだ。
 頼りになる、と小さくこぼしたロコの言葉を、その幻想を守りたくて……いや、それも美化している。誰かに頼られる二階堂千鶴を守りたい一心で、彼女の気遣いを受け流した。それがロコの自信を奪い続ける行為だって、自覚もせずに。
 千鶴こそが、真っ先に心を明かしてロコを支えてあげなきゃいけなかったのだ。ただ一人、それができるはずだったのだ。言葉を受け止めていたはずのに、彼女から伝えられたもの一つ教えてあげられなかったから。だから今、ロコは苦しんでいる。

「わかってしまえば愚かな話ですわ。聞き苦しい話になるでしょうけど……聞いてくださるかしら」

 頷く雪歩に、これまでのことを一つ一つ語っていった。ロコの相談に乗ったこと、その結果としてロコがアートを捨てたこと、捨てられたアートから受け取れた情動が、千鶴が言葉から受け取っていたそれよりも何倍も大きくて動揺したこと。そして、一人で抱えると決めたこと。その態度がロコをなおさら傷つけたのだと思うこと。
 見つけて以来ずっと離さずに持ち歩いているブレスレットも机に並べて、取りこぼさないようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
 桃子は眉を寄せ、目を薄く開きながら、苦々しく。雪歩は膝の上に重ねた両手を時に握りしめながら、悲しげに。いずれも重い沈黙と共に千鶴の話を聞いていた。

「桃子には、このことを少しだけ話していました。……コロちゃんに直接伝えていないというのに、一度吐き出して少し満たされてしまったことも、酷い勘違いですわね」

 雪歩は小さく息をつき、話を終えた。数秒、間が空いて。

「……ロコ、今何してるんだろ」

 桃子が掠れた声で小さくこぼす。

「そっとしておいた方が、いいのかな。……桃子にできること、何もないし」

 本当は何かしたくてたまらないのだと痛いくらいに伝わってくる。彼女もまた、ロコにつけた傷が鎖のように重く絡まって動けなくなっていた。
 それきり桃子も口を閉ざした。どこかから届いたピアノの音だけが、空間を揺らしていた。

「みんなの話、聞けてよかった。……私、そんなことがあったなんて全然知らなくて、先輩なのにって思ってばっかりだけど」

 雪歩は目を瞑り、静かに涙を流すようにそう言った。頬を濡らすしずくはどこにもないけれど、透明な声が千鶴の胸に響く。

「今は伝わってるよ。すごく、苦しくなるくらい。千鶴さんも、桃子ちゃんも、ロコちゃんも……こんなに、ううん、もっともっとつらかったんだよね」

 哀感のこもった、だけど悲痛ではない言葉。雪歩は眉を下げて、それでも微笑みとしか呼びようのない表情で静かに言葉を紡いでいた。

「でも、まだ誰かが誰かをどうしようもなく嫌いになったわけじゃないんだって、わかったから……安心したんです」

 雪歩は片方の手で机の上のブレスレットを愛おしげに撫でて、もう片方の手を胸元でぎゅっとかき抱くように握った。

「だって、ロコちゃんが捨てようとしてしまったものも、千鶴さんはちゃんと拾ってくれたから。持っていてくれたから」

「だから、壊れてない、残ってるって思えるんです」

 少しだけ、千鶴の目元がうるんだ。裏目だらけの自分の行動を、肯定することだってできるんだと思うだけで、少しだけ気力が込み上げてきた。

「そうですわね。過去の行いをどれだけ省みても、未来につながらなければ意味がありませんわ」

 手放そうとするどころか、持ち出さずに置いておくことすらも千鶴に躊躇わせていたアートを、改めてじっと見つめた。ひとつ手に取って、腕を通して……また、元の場所に戻す。

「きっと、このためだったのでしょうね。このアートは持つべき人のところへ返そうと思います。コロちゃんにはやっぱり、持っていて欲しいですわ」

「二人とも、少し手伝ってもらってもよろしいかしら?」

 寸前で拾い上げることのできた小さなアートが、四人をもう一度繋ぐ架け橋になってくれますように。そんな願いを込めようと、千鶴は決意を新たにした。



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