32:名無しNIPPER[saga]
2017/11/22(水) 22:25:29.23 ID:290cDT/E0
◇◇◇
テレサ・テスタロッサは<デ・ダナン>の艦長席で、血が滲むほど強く唇を噛みしめていた。
この作戦の一番の肝は、極限環境の中で如何にASによる待ち伏せと奇襲を成功させるか、という点にあった。
逆に言えば、奇襲に成功しさえすればその時点でこちらの勝ちは確定するような作戦だったのだ。そんな気持ちが無かったと言えば嘘になる。
もっと詰めるべき点はなかっただろうか。想定が足りなかったのではないか。部下たちに危険が迫りつつある今、そんな後悔が彼女の胸中で湧き上がっていた。
無論、有り得ざる可能性に対して事前に全ての対策を練っておくなど可能であろう筈もない。彼女たちのプランは、過去の時点では完璧といってよかった。
(部下にそんな言い訳をするつもり?)
だが、テレサ・テスタロッサはそれを許さない。そんな慰めを受容しない。ぐるぐると歪む視界を、無理やり前に向ける。と、
「情報部の見張りは何をしていた!?」
一喝。彼女の片耳を、鋭く響く大音声が叩いた。
リチャード・マデューカス。彼の声に、通信管制官が慌てた様子で報告する。
「げ、現地情報部員より入電! その、目標のトラックから野戦砲が出現したと……」
「遅いぞ! どうせ仕事は終わったとばかりに茶でも飲んでいたんだろう!
野戦砲を押さえろと伝えろ! 現地で動けるのは連中だけだ! 砲手を釘付けにするだけでも構わん!」
「そ、それが野戦砲の周りに村人が集まっているらしく……隠密にことを成すのは無理だそうです。
それでもやれというなら、その、情報部を通して正式な命令を寄越せと……」
「何をふざけたこと……!」
そんなやり取りを見て。
テッサは自分が平静を取り戻していくのを自覚していた。頭の中で渦巻いていた灼熱が、嘘のように引いていく。
冷静になってみれば、マデューカスが本当に激昂しているのではないことも判別できる。そう見せているだけだ。それが彼の仕事なのだから。
常を取り戻す一番の方法は、自分よりも激しく感情を発露させる人物を見ること。マデューカスはそれを理解している。
その檄を飛ばしている副長が、横目でテッサをちらりと一瞥した。眼鏡越しの鋭い眼光が、彼女にこう尋ねている――『頭は冷えましたか?』と。
深く息を吸って、吐く。肺を空にして、リセットを掛けた。ぎゅっと目を瞑る。そして開く。
「――現地の地図を出してください。チームαとβの位置を重ねて表示して」
「イエス・マム」
新たな視界を得た彼女の指令に、発令所の面々が的確に動き出す。
頭が冷静に働き続ける限り、彼らは有能な手足であり続けてくれる。かつてボーダ提督から習った艦長の責務(デューティ)。それを思い出した。いや――思い出させて貰った。
「ありがとうございます、マデューカスさん」
「なんのことですかな? 私は情報部の情けなさに憤りを覚えただけですが」
「そうですか。なら、作戦部(わたしたち)の意地を見せてあげないといけませんね」
薄く笑みを浮かべすらして、テッサは素早くモニターに表示された情報に目を走らせ、この状況を打開する策を探し始めた。
現地の天候は大荒れだ。緊急展開ブースターを使っても、追加の戦力は送り込めない。よって『<デ・ダナン>から救援を出す』という案を排除。
野戦砲の存在も悩ましいところだ。
正直に言えば、ヘクマティアルが部下に2発目を撃たせるとは思えない。
爆薬による雪崩の回避は敵の神業的な爆破技術によるものだが、それでも咄嗟に行えるものではないだろう。
事前に現地の地形を観測し、入念な計算を重ねた上での実行に違いない。
野戦砲を撃ち、2度目の雪崩が起きればヘクマティアル達は自滅することになる。そんな愚かしいことはしないだろう――
――だが、そんな風に相手の賢さに期待するのはそれこそ愚か者の行いだ。
破れかぶれになった者はなんでもする。この椅子に座って幾つもの作戦に携わってきた彼女はそれをよく理解していた。
では無理やり現地の情報部員を動かし、野戦砲を押さえさせることは可能か?
これも不可。部署の確執を抜きにしても、情報部の彼らは精々拳銃程度でしか武装していないだろうし、派遣された人数も二人だけ。
例の砲兵は兵士としても腕利きだ。それが適切な武装をしているなら、数秒で返り討ちだろう。
おまけに野戦砲の周囲には民間人が集まっているらしい……民間人?
テッサは首をひねった。村中でいきなり大砲をぶっ放したので抗議しに来た――のではない筈だ。
あの狡猾な武器商人が、そんな間抜けをするとは思えない。
単に金を積んで黙認させたというのなら、逆に野戦砲の周りに人だかりができるのはおかしい。
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