速水奏「不意に会心の一撃」
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3: ◆U.8lOt6xMsuG[sage saga]
2017/10/29(日) 23:37:15.97 ID:UMuyyOtY0

あの話をされたのは、確か彼女と会ってから、初めて一緒に迎えた夏の日だったと思う。その日は、少しでも体を動かせば汗が噴き出てしまうほどの全国的な猛暑の日だった。

なにぶん3年ほど前のことなので日付はよく覚えていないが、どういう場面かはよく覚えている。

俺は収録終わりの彼女に差し入れとして、アイスをコンビニで買い、車の中で彼女を待っていた。彼女が現場から帰ってきて車に乗り込み、アクセルを踏んでから10分ほどしたとき、彼女に先ほどのような言葉をかけられた。

『どうしてこんな猛暑日に、雪の話なんか?』

『だって、ほら見て』

視界の端で、彼女が俺になにかを見せるような動きが見えたので、ちょうど赤信号だったのをいいことに、俺はブレーキペダルを緩やかに踏み、それから彼女の方へ向いた。

『これを買ったのは、貴方でしょ?』

『…ああ、なる程』

俺は彼女に先ほど手渡したアイスのカップを見せつけられて、そしてようやく納得した。カップの、その商品名の一部に「雪」というワードが含まれていたのだ。これをみると、うだるような熱さの中でも、雪を連想することだろう。

俺は商品名をよく見ずにアイスを買ったので、自分で買ったくせに理解に少し遅れてしまったのだった。

『人工的な雪はそうじゃないらしいけれど…自然のものは、みんな違う形なんですって』

『それも何かの作品から仕入れた知識か?』

『あら、これくらいは一般常識じゃない?』

『…俺は今初めて聞いた』

俺は信号の色が変わると同時に、また緩やかにアクセルペダルを踏み車を発進させた。俺から目をそらされた彼女は、フタを置き、少し溶けかけたアイスを上手に木のスプーンで掬って食べていた。

彼女は俺なんかよりもよっぽど物知りで、このときだけでなく、俺は彼女から多くの話を聞かされてきた。そのほとんどが、俺の知らない話ばかり。いや、中に走っている話も合ったことにはあったのだが。

彼女は趣味である映画観賞から知識を仕入れることも多いようで。しかしそれだけでなく、彼女は知識欲が他人に比べると高いらしく、いろいろなところから思いも付かないようなことを会話に織り交ぜてくる。年不相応に、俺以上に、様々なことを知っている。このときもそうだった。

『そう思うと、「雪」って不思議な存在に思えてこない?私達がこれまで見てきた雪には、もう二度と会うことは出来ないのよ?』

『…一期一会ってやつか』

そう返すのが精一杯だった。しかし、元来、口べたで無口な俺にとってそれだけでも返答できたのは御の字だろう。

そこで雪の結晶の話は終了して、それからはまた、彼女は他愛のない話をした。今日の気温とか、夏の間の日焼け止め事情とか、ご褒美に何かをねだったりとか、そう言う話。そこらの内容も覚えてはいるけれども、いかんせん雪の結晶の話に比べるとどうしても曖昧に記憶してしまっている。



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