美竹蘭「陽が落ちて」青葉モカ「夜が明けたら、また」
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8: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2017/09/03(日) 19:44:26.85 ID:6LMiOYr90
 蘭の家の玄関前に並んで、誰がインターホン押そうか、なんて話し合う。なんだかんだでみんなノープランだから、今になってどう切り出したものかと二の足を踏んでるのだ。

「……えいっ」

「ちょ、モカ!?」

 まどろっこしいから難しいことは後で考えることにした。ぴんぽーん、と電子音が鳴り響く。数秒の後、反応があった。

「はい、美竹です」

「モカですー。バンドのみんなと様子を聞きにきたんですけど、蘭、今家に居ますかー?」

「ああ……見舞いに来てくれたんですね。どうぞ、上がってください」

 蘭パパの厳しげだけど丁寧な声が響く。見舞いという単語に、目を見合わせた。

 少しして、ドアの鍵が開く音がした。蘭の家は少し広めな以外はごく普通の一軒家だけど内装とか家具は和風に統一されている。流石は華道の家元。

「蘭は風邪を引いてしまったようで、熱はもう引いているんですが……。どうも、まだ本調子ではないのでしょう」

 みんなの様子を窺っても、誰も風邪だなんて知らなかったらしい。よほど酷かったんじゃないかと不安になる。ちゃんと事情を伝えてこなかった理由もそれで説明がついてしまうことが恐ろしかった。

「蘭、モカちゃんたちが見舞いに来てくれた。入って大丈夫か」

「っ……!」

 扉の向こうで、蘭が動揺する気配を感じた。それもほんの少しの時間だけで、すぐに静かになる。

 蘭パパはリビングに居るから話が終わったら伝えてほしいと告げて、場をあたしたちに譲ってくれた。緊張を感じながら、改めてドアを叩く。

「……蘭ー? 入るよー?」

 反応がないので扉を開けてしまう。そこにはパジャマ姿で座椅子にもたれた蘭の姿があった。表情は明るくないけど、ぱっと見だと体調がそこまで悪いようには見えない。

「もう、蘭ってば風邪ひいたならちゃんと教えてよ。私たち、心配したんだよ?」

「……」

「蘭、親父さんはまだ本調子じゃないって言ってたけど、大丈夫なのか?」

「…………」

 あたしたちの言葉にも、蘭は唇を震わせて押し黙ったまま。ぞわ、と嫌な予感が倍増しになった。

「……蘭。何か答えてよ。それとも、答えられないの?」

「っ……。こういう、こと。わかるでしょ」

 ようやく届いた返答は、蘭の声とは思えないほどがらがらに渇いた声だった。それだけで誰も二の句を継げなくなる。

「ら、蘭ちゃん、その声……」

「風邪のせいだと思ってたけど……熱が引いても、どんどん酷くなって。…………いつ治るかも、わからないっ……」

 今にも泣きだしそうな蘭に、何か声をかけなきゃと思う。でも、なんて伝えればいいのかわからない。慰めて、元気づける……どうやって?

「ねぇ、モカぁ……」

「んー? えっと、なーに、蘭」

 すがるような視線に、応える術がわからない。ただできるだけまっすぐに見つめ返して、どうにか言葉を受け止めたかった。考えなんてまとまらないけど、それくらいなら。

「ごめん、なさい……。あたし、モカの努力、ぜんぶ台無しにして…………モカにしてあげられること、もう、何も残ってない……!」

「……ぇ、な、なに、言ってるの、らん……?」

 ――絶句した。そんな言葉を向けられるなんて、思ってもみなかった。ごめん、じゃなくて、ごめんなさい。そんなの、幼馴染に向ける謝り方じゃないはずなのに。

 何もかも心が折れて、絶望したみたいな表情、しないでよ。……あたしが、そうさせてるの?

 どうにかしてあげたい……その、気持ちを。自覚した瞬間に、わかってしまった。

 ……あたしのバカ。あたしがどれだけ愚かしく、残酷に、蘭のことを傷つけていたのか、苦しめていたのか。

 蘭だって同じだった。あたしのことを、どうにかしてあげたいって思ってたんだ。あたしの腕の痛みだって共有したかった。あたしに身体を預けてほしくて、その重みを感じていたかった、肩代わりしたかった。

 あたしがそれを蘭に渡さなかったから、蘭は自分にできるたった一つ……あたしのために、難しいパートを練習することにしがみつくことしかできなかった。

 その最後の一つを、しかも自分の無理のせいで失って……そんなの、蘭が積み重ねた全部の否定だ。苦しいに決まってる!

 どこまでもどこまでも、あたしが独りよがりに蘭に心配をかけまいとしたから招いた結果じゃないか!

 体育座りでうずくまって、蘭はずっと自分の無力を呪詛みたいにしてこぼしていた。全部、自分のせいで駄目になったって。みんながそんなことはないって伝えようとしている中、あたしは……何も、言えなかった。



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