【デレマス】「先輩プロデューサーが過労で倒れた」完結編
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◆Z5wk4/jklI
[saga]
2017/07/07(金) 20:57:26.46 ID:XFMgPNzd0
そのとき、スタジオの扉が開く。
入ってきたのは裕美だった。緊張した表情をしている。
「どうした?」
俺は裕美に声をかけた。
「スタジオの様子、もうすこし見ておきたくて」
俺はディレクターのほうを見る。ディレクターが頷いたので、了承と見なした。
「……窓、大きいね。ちょっとびっくり。お客さん、いっぱい来るのかな」
「普段はどうです?」
俺が尋ねると、唯が裕美のとなりに歩いてくる。
「けっこー来るよ? 時間がいいってのもあるけど、二十人くらい? すっごいゲストのときは、お店いっぱいなっちゃって大変だったよねーディレクターちゃん?」
「そうだなぁ……、それはさすがに大御所だったんで特殊ですけど、唯のファンとかも来るんで、空っぽってことはないっすよ、安心してください」
ディレクターはそう言って笑った。
俺は裕美のほうを見る。裕美は集客が少ないことを気にしているのではない。おそらくは逆だ。
裕美は、ギャラリーに見られることに不安を抱いているんだ。
裕美と接していて分かったことがいくつかある。最も大きなものは実力が高いということだ。
裕美のレッスンへの取り組みは人一倍真面目だ。
ダンス、ボーカル、ヴィジュアルとも、努力に裏打ちされた裕美のパフォーマンスは安定している。
一方で、裕美は裕美自身が単独で見られるような場面で精神的に弱い。
ライブや今日のラジオの収録のように、人に見られながら話す場面があるとき。
裕美一人が注目を浴びるような場面で、裕美は目に見えて不安そうにする。
つまり、自分に自信が持てていないのだ。
実力はあるのだから気にする必要はないのだが、こればかりは本人の心の問題だ。本人が乗り越える以外に解決策がない。
「特殊な環境だよな。こっちの声は相手に伝わるけど、窓の向こうの声はこっちには聞こえないって」
俺は裕美に話しかける。
裕美は胸の前でぎゅっと拳を握り締めていた。
眉間に力が入っている。裕美の不安のサインだ。
さてどうするか、と考えていると、俺よりも先に唯が裕美の前に出た。
「なーんか、不安そうじゃん?」
唯は裕美の眉間をつん、と指で軽く押す。
「楽しも楽しもー、力入ってたら、かわいー顔が台無しだよー?」
そう言って、唯は裕美の目を覗き込むように見つめた。
「あ……」
裕美は小さく声をあげて、ようやく、眉間に入っていた力を抜いた。
「うん! そっちのほうがいいっしょ?」
唯は裕美の肩をぽんぽんと叩く。
「……顔、こわばってたね。ありがと」
裕美が微笑んだ。
「キンチョーしてる? だいじょーぶだよ、これ、唯のラジオだから。どーんとぶつかってこーい!」
唯はそうして笑ったが、ほんの一瞬、ぎらりとした強い表情を見せた。
それで、俺は直感する。
大槻唯。本人が意識しているかどうかは知らないが、おそらくは今よりもずっと高いところを見据えている。
ラジオの看板番組を持つことだって立派なことだ。だが、唯はそれだけで満足していない。
だから、こんなにも余裕で、裕美を受け入れることができる。
唯にとってはいまの位置は、当然通り過ぎるべき過程のひとつにすぎないのだ。
それなら――、と俺は思う。唯がそう言うのなら、裕美には、大いにぶつかってきてもらおう。
俺は引っ込むことにし、裕美と唯を残してコントロールルームへ下がる。
入れ替わりに、茜たち四人がレコーディングブースへと入っていった。
スタジオ内の緊張感がにわかに高まる。
ほどなくして、オンエアの時間が訪れた。
ここからは、俺は見守っているしかできない。
けれど、不思議と俺は不安には思わなかった。
先輩が選んだアイドルたちだということもあるし、何より、裕美も含めて、このユニットは、そんなに弱くはないと確信していた。
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