59: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/01/28(土) 22:49:59.89 ID:8ENUCYV1O
記憶を総ざらいにして巡査部長や戸崎からの質問の答えを導き出そうとしたのは、彼らの関心、永井圭は現在どこにいて、これからどうするのかという疑問の答えを美波自身がなによりも欲していたからだった。記憶の細部が見えるように画像や映像のかたちで蘇らせ、脳内でズームやスロー再生などの処理を施し情報を得ようとする。思い出をキャビネットのようにひっくり返し、瑣末な会話の切れ端から弟がどんなことに興味があり、どこで遊んでいたかだれと楽しさを共有していたのかを探り当てようと必死になる。その結果わかったのは、そこにはーー美波の記憶、思い出にはーー答えが存在しないということだった。
壁にかかっている時計の針の音が驚くほど大きく部屋に響いた。時刻はすでに二十三時を過ぎていて、白く光る天井の灯りに照らされている美波の身体が事態の発生時点から現在進行で緊張と疲労を積み重ねていた。そのせいで眼のまわりの皮膚が張り、痛みを訴えていた。このままでは眠るというより意識が切断されるということになりかねない状態だったが、美波にそれを感じ取れるだけの余裕はなく、この危機をどのように脱するかという問題に全神経を集中した。問題は内面的なものだけにとどまらなかった。姉である自分から弟についてたいした情報が得られないことが悟られてしまったら、戸崎は形式的な質問だけ行って聴取を早々と切り上げてしまうだろう。そうなってしまえば、弟がいたとう事実そのものが、朝の目覚めが夢を奪うようにきえていってしまう気がした。
美波は審判されるのが恐ろしかった。他人に審判されるのを恐れているのは、なかば自分自身を審判してしまっているからだった。
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