307: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:21:45.51 ID:8mPTevMeO
ごん、というものが落ちる音を聞いたアーニャの父親が居間にもどると、位置のずれたカーペットがまず目に入った。次に縁のところが赤くてらてらしているコーヒーテーブルが見え、これも位置がずれている。近づいて、家族三人が腰かけられるソファの陰をのぞいてみると、そこにはおでこから血を流したアーニャが倒れている。カーペットには血が染み込み、黒地の部分は不吉に湿り、白線の部分はいやな赤みになっている。アーニャはぴくりともしない。
アーニャの父親は医者ではあったが、選手達の体調管理やトレーニング法の考案などが仕事のスポーツ医だったから、業務で人の死に接したことはない。彼は喉が閉まり、息ができない思いをしながら、アーニャの額の傷をタオルで押さえようとひざまずく。娘のまぶたは開いていて、青い瞳はいつものようにとてもきれいだったが、光はなかった。脈も測ってみる。指はなにも感じなかった。
父親は娘をソファに寝かせてやった。一分ほどは無感覚の時間がつづき、それから涙が溢れ出てきたが、まだ声は出ない。顎や頬が震えていて、口を開けると歯が舌を噛んだ。喉の奥からちいさく空気が鳴った。慟哭がはじまりそうだった。
968Res/1014.51 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20